第6話 勇者の養女

 レウスを10年間育てたユリアは、レウスの槍で息絶えた。

 敵であるはずの少女、レギアスをかばって。

 そう、ユリアには確信があった。

 この少女こそ、10年前に生き別れになったレウスの双子の妹、レイアであると。

 その事をふたりに伝えられないのは、心残りだった。




「うわああ!」

 ユリアの死を感じ、レウスは叫ぶ!

 同時に、レウスに秘められた魔力が暴発!

 凄まじい衝撃波が、村を駆け抜ける!


 近場に居た村人達は吹き飛ばされ、ほとんど意識もなく、皆ぶっ倒れている。

 それは兵士達も同じだった。

 近くの数軒の家々も、跡形もなく吹っ飛んだ。

 そう、レウスの家も。


 無事だったのは、レウス自身と、レウスのそばに居たレギアスと言う名の少女、そしてユリアの三人だけだった。

 丁度台風の目の中の様に、レウスの周囲1メートルくらいは無事だった。


 魔力を暴走させた後、レウスの心は落ち着いていた。

 魔力の暴発とともに、レウスの怒りも吹き飛んだ様だった。


「母さんがなぜおまえをかばったのか、俺には分からない。

 だけど、母さんの遺志は尊重する。おまえとは、戦わない。」

 レウスはユリアに刺さったままの槍を、引っこ抜く。

 さっきまでは、あんなに殺したかった相手なのに、不思議と今はそんな気になれなかった。


「おまえ、名前は?」

 ユリアをおぶろうとするレウスに、レギアスが問いかける。

「俺は、レウス。母さんの息子だ。

 …母さんが魔王軍四天王だったなんて、知らなかったよ。」


「そうか、レウスか。

 ならばレウス、ユリアの息子を自称するのはよせ。ユリアの遺志を尊重するのならな。」

「何?」

 レギアスの言葉に反感を覚えるレウスだが、レウスの戦意はすでに消失していた。


「ユリアは、おまえが自分と関係がある事を、隠し通そうとしていた。

 おまえがユリアの息子なら、おまえも殺されるからな。」

「そう、だったんだ。」

 レギアスの言葉でレウスは初めて、ユリアの真意を知った。

 自分を息子ではないと言った、その意味を。


「それにおまえは、」

 と言ってレギアスは言葉をにごす。ユリアの息子であるはずがないと、続けようとしたのだが。

 肌の色からして、レウスがユリアの息子であるはずがないのだ。

 だけどレウスには言えなかった。

 レウスはユリアを母として尊敬している。

 そこに血のつながりはなくても。


「おまえ、名前は?」

 今度は、レウスが尋ねる。

「母さんが助けたおまえの名前を、俺は知りたい。」


「そうだな。おまえには知る権利がある。

 私はレギアス。勇者アルバスの養女だ。」

「勇者アルバス、だと?」

 その名は、レウスにも聞き覚えがあった。

 十年前に魔王を討伐した勇者の名前。

 アルバスが魔王を討伐しなければ、その後の魔族に対する残党狩りもなかった。

 勇者アルバスの名は残された魔族にとって、憎悪の対象だった。


「おまえがアルバスの幼女なら、母さんが、蒼天のユリアがかばってくれた、俺も殺すのか。この村ごと。」

 レウスは養女と言う言葉を知らなかった。


 なぜここでレギアスが幼女と言ったのか、意味が分からなかった。

 娘、子供。それとは違った意味が、幼女と言う単語には有るのだろうか。


「私はそんな野蛮な事、したくない。」

 レギアスは哀しい表情を浮かべ、うつむく。

「おまえみたいな人間も、いるのか。」

 レギアスの態度は、レウスには意外すぎた。


 レウスが友達だと思ってた、街の人間の子供。

 彼らだって、魔族を敵と認識していたのだから。


「だから、みんなが気がつく前に、ここを去ってくれないか。

 ユリアがかばってたおまえを、死なせたくない。」

 レギアスは苦渋の表情で、言葉をしぼりだす。


 レウスの魔力の暴走。

 これのもたらす結末は、この村の滅亡。

 今は意識のない兵士達も、その意識を取り戻したら、この村ごと滅ぼすだろう。

 魔族の脅威を、そのまま野放しには出来ない。

 自分達とは違う者達を、受け入れるだけの器量は、ひとには無かった。


 この事にレウスも、レギアスの態度から察する事が出来た。

 とは言えレウスには、この村に対する未練はなかった。

 村人達の、ユリアに対する態度。

 レウスがこの村見捨てるのには、充分すぎた。


「だけど、ドレイクは助けてくれないかな。」

 そんなレウスにも、心残りはあった。

 自分を心配してくれたドレイクを、他の村人達と同列にしたくはなかった。


「あいつか。ならばあいつも連れて行け。

 皆が気づく前に。」

 レギアスにも、ドレイクに対する認識はあった。

 ユリアを母と呼ぶレウスを、必死に止めてた魔族の青年。


 仲間のために、命をはって行動出来る者は、そう多くはない。

 それが人間であっても。

 魔族なのにその行動が出来るドレイクに、レギアスは好感の念をいだいていた。


「ああ、そうさせてもらうよ。」

 レウスはユリアの遺体を背中におぶり、ドレイクを左腕で小脇にかかえる。

 そしてレギアスのそばから、立ち去った。

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