第5話 母の死

 人間界から魔界へと帰ってきたレウス。

 だけど、自分の家には帰りたくなかった。

 ユリアの待つ、あの家に。

 自分の友達は、魔族だからって差別なんかしない。

 そうユリアに言いきったのに、実際は違ったのだ。

 レウスはユリアに会わせる顔がなかった。

 自分を心配してくれたドレイクにも、顔を会わせづらかった。



 レウスは村の裏山にこもる。

 この裏山の中腹からは、村を一望出来た。

 そしてその中腹にある洞穴にこもり、レウスは泣いた。


 レウスは、ハッと目を覚ます。

 いつの間にか、泣きつかれて眠ってしまったらしい。

 どれくらい寝ていたのか、見当もつかない。

 ユリアを心配させてないかと、不安になる。

 ユリアに会わせる顔がないが、ユリアを心配させる事の方が、レウスは嫌だった。


 レウスが洞穴から出ると、村の異変がレウスの目に飛び込んでくる。

 村はずれにあるレウスの家を、村人達が遠巻きに取り囲んでいる!

 その囲いの中で、ユリアが何者かと戦っている!

 ここからでは遠すぎて、よく分からない。

 レウスとユリアの家の前に、ふたりほどつっ立っていて、ユリアは誰かと一対一で戦っている!


 レウスは思わず駆け出した。

 レウスには、不安があった。

 自分に武芸を叩き込むユリア。

 そこに、ユリアの焦りみたいなのを感じていた。

 まるで、ユリアに残された時間が少ないかのように。


 レウスが家のそばまで駆けつけると、周りの人がきが邪魔してる。

「どけぇ!」

 レウスは叫ぶが、叫びだす所を、誰かに抱きとめられ、口を抑えられる。

 相手はドレイクだった。

「離せよ、ドレイク!」

「ばか、行くな!」

 自分に抱きついて止めるドレイクを、引きずりながら前に進むレウス。

 そんなレウスを、身体をはって止めるドレイク。

 ドレイクには、ユリアの気持ちが分かっていた。今はレウスに来てほしくないと。

 だけど、他の村人達は違う。

 レウスに気づいた村人達は、道をあける。


 レウスの目の前に道が出来、その先でユリアが槍を立て、片膝ついている。

 村人達の動きに連られ、ドレイクも思わずレウスから手を離す。


「母さん?」

 レウスの呼びかけに、肩を激しく動かして呼吸してたユリアの動きが止まる。


「ほう、おまえに息子がいたのか。」

 ユリアの目の前にいる少女が、ユリアに声をかける。


 歳の頃は、レウスと同じくらいの少女。

 白を基調にした鎧に身を包み、手にした剣には、ユリアを傷つけた時の赤緑な血が滴っている。

 首から下げたネックレスの鎖には、小さな輪っからしき物がついていて、胸元で怪しくきらめいている。

 そして少女の顔は、どこかレウスに似ていた。

 レウスが女性だったら、こんな感じかな、と思わせるような少女だった。


「バカ言っちゃいけないね。私に息子なんていないよ。」

 とユリアは少女の問いかけに答える。


「な、何言ってんだよ、母さん。」

 レウスはユリアの言葉に、少し戸惑う。

 と同時に、ユリアの負った傷に驚く。

 ユリアの右脇腹から、出血が止まらない。


「おまえがやったのか!」

 レウスはユリアから槍を奪い、目の前の少女に穂先を向ける。


「だとしたら、どうするんだ?

 元魔王軍四天王槍天のユリアの息子よ。」

 少女は剣を振り下ろし、剣についたユリアの血をはらう。


「そう、てんのユリア?」

 初めて聞くユリアの肩書きに、レウスは戸惑う。


「こいつは息子なんかじゃないよ、拾った人間の子だよ。」

「な、何言ってんだよ母さん、まだ昨日の事怒ってんの?」


 ユリアのレウスをかばう発言だが、レウスはユリアの真意に気づかない。

 普通にユリアの発言に傷つく。

「人間の子?」

 少女は素早くレウスに剣を振り下ろす。

 レウスは剣撃を払い落として、距離をとる。


「血を見なければ、証明にならんな。」

 息子を自称する子供とユリアとでは、肌の色が違う。

 ユリアの言う通り、息子ではない可能性は高い。

 だが流れる血を見れば、魔族か人間かは一目瞭然。

 魔族の血は、緑がかっている。


 少女は鎧の胸当ての前に出たネックレスを、胸当ての内側にしまう。

 と同時に思う。

 そういえば、これが胸当ての外に出たのを見て、ユリアの動きが鈍ったな。

 あれが無ければ、致命傷を負う事もなかったのに。


 ネックレスをしまった少女は、そのままレウスを攻撃する。

 レウスは槍で応戦しつつも、疑問に思う。


 この少女は、ユリアが傷を負う様な相手ではない。

 なのになぜ、ユリアは傷を負ったのか。

 それは、何か卑怯な手を使ったに違いない!


「駄目です。手がかりらしき物は、何もありません。」

 丁度そこに、レウスとユリアの家から、ひとりの兵士が出てくる。

 兵士の持つ布袋は、盗品でふくらんでいる。

 レウスはこの盗っ人を、思わずにらむ。

「へー、はむかう気概のあるヤツも、いたのかよ。」

「ああ、なんかユリアがさらってきて、育てた子供らしい。」

「違う!俺は母さんの息子だ!」

 レウスの攻撃先が、家の前の兵士達に向かう。


 レウスの攻撃線上に、少女がわってはいる。

 レウスと少女は、何度か武器を打ち合う。

「どけよ!」

 レウスにとって、ユリアを傷つけたこの少女よりも、自分達の家を勝手に出入りして、ニヤけてるこいつらの方が、ムカついた。


 ザシュ。


 動きが単調になったレウスの右腕を、少女の剣がかすめる。

 赤緑な血がにじむ。


「魔族か。」

 レウスの血を見て、少女がつぶやく。

「うるせー!」

 動きの止まった少女に、レウスは渾身の突きを叩き込む!


 ドズ!


 レウスの槍は、ユリアの腹に突き刺さる!

「か、母さん、」

 レウスは槍を手放し、狼狽する。


 少女を守るように、ユリアがふたりの間に割って入ったのだ。

 ユリアは後ろによろめき、少女にぶつかる。

 少女とユリアは、そのまま尻もちをつく。


「れ、レギアス様!」

 レウスの家の前に陣取る兵士達が、帯剣した剣の柄に手をかける。

 レウスは少女の落とした剣を拾い、素早く兵士達を牽制する。


 兵士達は動けない。

 少女の方が兵士達よりも、腕前は上だった。

 その少女と互角に戦うレウス。

 元々戦闘は少女に任せ、自分達は歯向かわない魔族達をいたぶるつもりで、この村に来ていたのだ。


「なぜ私をかばった。」

「そうかい、あなたはレギアスって言うんだね。」

 少女とユリアとの会話が、かみあわない。

「母さん、なんで。」

 レウスは兵士達を牽制しながら、後ずさる。

 レウスの視界に入った時、ユリアはすでに動きを止めていた。

 少女は腕の中で、ユリアが冷たくなっていくのを感じる。

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