第4話 人間からの迫害

 レウスがゲートを越え、人間界に行くようになってから数週間が過ぎた。

 レウスも村に留まるより、人間界に行く方が、刺激があって面白かった。

 村の子供達は、レウスの母親のユリアの事もあり、親からレウスと遊ぶのを止められていた。

 それでもレウスの魅力や、自らの好奇心から、レウスと付き合うのだが、どこかレウスとは距離をとっていた。

 対して人間界の子供達には、そんな偏見はなかった。

 強い者、魅力のある者に憧れるのは、魔族の子供も人間の子供も、同じだった。

 しかし、レウスが魔族だと知れたら、どうなるのだろうか。



「レウス、あんた人間界に行ってるんだって?」

 果樹園の手伝いを終えたレウスに、母親のユリアはキツくあたる。

 以前は果樹園の手入れの後の時間は、剣術などの稽古に充てていた。

 だけど最近は、レウスの自由時間だった。

 ユリアはすでに、レウスに基礎を教え終えてしまった。

 後はレウス本人の裁量次第だった。


「ドレイクのヤツ、喋ったな。」

 とレウスはボソリとつぶやく。

 そんなレウスの頭を、ユリアがこづく。

「ドレイクはね、あんたの事を心配してるんだからね。」

 と言われても、レウスにとっては大きなお世話だ。

 レウスはムスッとふくれる。

 対してユリアは、ため息をつく。


「あんたねえ、人間界がどれだけ危険だか、分かってんの。」

 人間界では、魔族に対する差別が横行している。

 中には良好な関係を築く人間もいるが、それは利害関係があってこそ。

 だがそんな関係が無ければ、魔族を対等に扱う人間は、皆無と言っていい。


「だけどあいつら、そんなヤツじゃないもん。」

 レウスは交流のある街の子供達を引きあいに出して、ユリアに反抗する。

「それは、あんたが魔族だって、バレてないからでしょ。」

 とユリアはため息をつく。

 レウスは一見利口に見えるが、どこかぬけてる所がある。

 レウスが肌の色から、魔族とバレる事はない。

 だけどレウスに流れる血の色は、赤緑。

 人間の血の様に赤黒くはない。

 出血したら確実に、魔族だとバレる。


「とにかく、もう二度と人間界には行くんじゃないよ。」

 ユリアの言葉に、レウスはおし黙る。

 レウスは嘘のつけない子供だった。

「どうしたの、黙ってちゃ分からないでしょ。」

「うるさい!」

 ユリアに責められるレウスは、顔を上げてユリアをにらむ。

「レウス、」

 レウスは瞳に涙を溜めていた。

 それを見てユリアは、それ以上レウスを責める言葉が続かない。

 しかし、人間界に行くのは危険な事も事実。


 レウスは涙を拭くと、そのまま駆け出した。

 ゲートの外へ。

 ユリアは止めようとするも、レウスの涙に、身体が動かなかった。



「おまえ、なんでゲートから出てくるんだよ。」


 ゲートから人間界に来たレウスを待っていたのは、三人の子供だった。

 レウスと友達になったダルタス、ポイドス、アラガスの三人。

 ポイドスとアラガスは、完全にビビっている。

 ダルタスも身体を震わせている。


「な、なんだよ、俺たち友達だろ。」

 レウスは三人の様子に変化を感じるも、三人の事を信じたかった。

 ユリアにこいつらは違うと、啖呵をきったのだ。

 だから、この三人の事を信じたかった。こいつらは俺の友達だと。


「ひい。」

 ポイドスが、その場で腰をぬかす。

「お、おい、どうしたんだよ。」

 レウスはポイドスを心配し、歩み寄る。

「あわわわ、」

 ポイドスは恐怖に顔を歪め、アラガスはその場から逃げ出した。

「おい待てよ、今日も一緒に遊ぼうよ。」

 レウスが呼び止めても、アラガスは止まらない。


「おまえ、ほんとに魔族なんか?」

 三人の気持ちを把握出来ないでいるレウスに、ダルタスは問いかける。

「な、何だよそれ。」

 レウスには、ダルタスの問いの意味が分からなかった。

 友達でいるのに、魔族も人間も関係ない。

 とレウスは思っている。


「魔族なんかと、聞いてるんだ!」

 はっきり答えないレウスに、ダルタスが叫ぶ。

 ダルタスは涙を流している。

「だから、なんなんだよ!

 俺が魔族だろうが人間だろうが、関係ないだろ!」

「あるから聞いてるんだ!」

 レウスの答えに、ダルタスは叫び返す。

 ダルタスは涙の流れる瞳で、レウスをにらむ。


「ああそうだよ、俺は魔族だよ!」

 レウスもダルタスの涙を前にして、そう答えるしかなかった。

 本当は答えたくなかった。

 友達でいるのに、そんな事は関係ないと思っているのだから。


「やっぱり、魔族だったんだな。」

 ダルタスは悔しそうに顔を歪め、閉じた瞳から涙が流れる。

「折角、いい友達になれると思ったのに。」

「な、なんだよ、それ!

 俺が魔族だからって、なんなんだよ!」

「うるさい!

 俺たちの親は、魔族に殺されたんだ!」

「え?」


 ダルタスの言葉に、レウスも黙る。

 しかし、徐々に怒りに似た感情もわいてくる。


「魔族に殺された?

 でも、殺したのは魔族の俺じゃないだろ。」

 怒りに表情を歪めるレウスも、自然と涙が出てくる。


「いたぞー。」

「あいつが魔族か。」

 丁度そこへ、数名のおとなが駆けつける。アラガスに連れられて。

 だがレウスを遠巻きに取り囲むだけで、誰も近づこうとはしない。

 魔族と言うだけで、怖いのだ。例えその魔族が子供だったとしても。


「ま、魔族は出てけー!」

 誰かがレウスに石を投げる。

 そんな石、レウスは軽々避ける。

 だがその行動が、人々の怒りの感情に火を注ぐ。

「く、こんにゃろー!」

「死ね、魔族野郎!」

 人々は、次々と石を投げる。

 レウスのそばには、ダルタスも居る。腰をぬかしたポイドスも居る。

 そのふたりを避けて、レウスだけに石を当てる事は、それなりの技量がいる事だった。

 レウスは咄嗟に、ポイドスの前に立つ。ポイドスをかばうために。

 ポイドスに当たる石を、レウスが受ける。


「あ、」


 人々の投石が、ピタリと止まる。

 それは、レウスがポイドスを、人間をかばったからではない。

 レウスの額から流れる血に、驚いたからだ。

 レウスの血は、黒みを帯びた緑だった。

 肌の色からは人間と見分けのつかないレウスも、血の色は、紛れもない魔族の血だった。


 レウスは当てた石を投げた人間のひとりをにらむ。

「ひい。」

 その人間は、レウスに恐れおののき、数歩後ずさる。


 そんなレウスの横で、ダルタスがポイドスに肩をかす。

「残念だよ、レウス。

 おまえが人間なら、いい友達になれたのにな。」

 ダルタスはポイドスを連れ、レウスのそばから離れる。


 レウスは言葉を返す事なく、クルりと踵を返す。

 そしてそのまま、ゲートを通って魔界へと帰る。

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