第2話 母の教え

 魔王が勇者に討たれてから、五年が過ぎた。

 この間、魔族の残党狩りが大々的に行われた。

 魔王に連なる者が対象で、魔王とのつながりが無かった魔族は、その残党狩りの魔の手から逃れる事が出来た。

 と言っても、それを証明する物は何もなく、狩られるかどうかは、追っ手の人間どもの気分次第だった。


 人間界と魔界とをつなぐゲートは無数に存在していた。

 そのうちのひとつのゲートのそばに、魔族の住むある村があった。

 五十世帯ほどが暮らすこの村は、魔王とは関係ない村として、魔族狩りをまぬがれた。

 この村の住人は、魔族の証となる緑や紫の肌の色を、人間の肌の色に染め、人間に溶け込めるように努めた。

 そして自分達を人間と思い込み、魔族としての誇りを捨てた。


 そんな村のはずれに、一軒の家がある。

 ユリアと言う名の女性魔族と、彼女の息子レウスとのふたり暮らしだった。

 ユリアは小さな果樹園を営んでいた。

 ふたりは他の村人とは、一定の距離を保って接していた。

 村の集会や祭り事には参加するが、個人的な関係を築く事はしなかった。


 そう、村人達は知っている。

 ユリアは魔王の元四天王だった事を。

 人間どもの魔族狩りの対象である事を。

 だけどユリアと、彼女の亡き夫のケンゴロウは、この村をある厄災から救った英雄でもあった。

 だからユリアの事を無下に出来なかった。

 今のこの村があるのは、彼女のおかげ。

 だけどこれから先は、分からない。

 今のユリアは、そんな危うい存在だった。

 そんなユリアの方から距離をとってくれる事は、村人達にも都合がよかった。

 しかし、あの厄災から早15年。

 村人達の記憶も薄れてきていた。



「どうしたの、レウス。それでも男なの!」

 果樹園の仕事もひと段落がつき、ユリアはレウスに棒術の稽古を叩き込む。

「く、そぉ!」

 レウスは身体中ぼろぼろになりながらも、闘志を瞳にたぎらせ、自分の背丈以上もある棒を、ユリアに叩きつける。

 ユリアはおもむろに棒を振り上げると、思いっきり振り下ろす。


 カコーンと乾いた音をたてて、レウスの手元から棒は地面に叩き落とされる。

「く、」

 両手の痺れに、レウスの動きが止まる。


 こつん。


 そんなレウスの頭に、ユリアは軽く棒を落とす。

「レウス、冷静に対処しなさいって、いつも言ってるでしょ!」

「ぐす。」

 レウスは涙を堪えた瞳でユリアをにらむ。

 闘志のこもったその瞳に、怒りや憎しみと言った感情はなかった。

 あるのは、ユリアの様に強くなれない、自分への苛立ちだった。


「ちょっとユリアさん!」

 そんな最中、近所のおばさんが怒鳴り込んで来る。

「あらユーリさん。どうしたんですか。」

 ユリアは穏やかに対応する。

「どうしたもこうしたも、お宅のレウスが、うちのドレイクを虐めて傷つけたんですよ!

 全くどう言う教育をしてるんですか!」

 ユーリと呼ばれたおばさんは、早口でまくしたてる。


「え、レウスがドレイクをですか?」

 ユリアは素っ頓狂に驚いてみせる。

 レウスはまだ五歳。対してドレイクは十歳。

 身体も倍くらい大きい。

「な、何よ。うちのドレイクは、お宅の子みたいな野蛮な子とは違うのです!」

 ユーリもなんとか我が子をかばう。

「レウス、本当なの?ドレイクを虐めたのは。」

 ユリアはひとまずユーリを無視して、レウスに問う。

 激おこで乗り込んできたユーリだが、ユリアの厳しい雰囲気に、思わず固唾をのむ。


「だってあいつ、小鳥を虐めてたんだもん。」

 レウスはユリアの気迫に怖気ながらも、ボソリと答える。

「え、小鳥を虐めてたの?」

 ユリアはそのしょうもない理由に、威厳を持った雰囲気が崩れてしまう。

「ど、ドレイクは狩りの練習をしてたら、いきなりレウスが襲いかかったと言ってます!」

 ユーリは顔を真っ赤にして怒鳴る。

「はあ。」

 ユリアは呆れる。

「そんな小物を狩って、どうするのです。

 もっと大きくなってから、狩るべきでしょう。」

 ユリアの言葉に、ユーリも返す言葉がない。

「あなたもちゃんと、ドレイクに教えたらどうですか。狩りの仕方くらい。」

 とユリアは追い打ちをかける。

「ま、まあ、なんて事を!

 あんたも乱暴な息子を、ちゃんと教育しなさい!」

 ユーリはそう捨て台詞をはいて、足早に去っていった。


「はあ。」

 ユリアはため息をついて、ユーリを見送る。

「それよりレウス。」

 ユーリが見えなくなった所で、ユリアは話しをレウスに戻す。

 レウスはギクっと緊張する。

「いきなり乱暴したの?なんで?」

「だ、だってあいつが小鳥を虐めてたから。」

 レウスはボソリとつぶやく。

「まずは、話し合いなさい。暴力を振るうのは、その後です。」

 ユリアはしゃがみ込んで、レウスと目線を合わす。

「でも、」

 レウスは反論しようとするも、うまく言葉にならない。


「相手が何故、その様な行動に出たのか、それを考えなさい。」

「う、うん。」

 ユリアの言葉に、レウスはうなずく。

「それが間違った行動ならば、どうすればいいのか、よく話し合いなさい。

 それでも駄目なら、そこで初めて、暴力を振るいなさい。」

 レウスはユリアの言葉に、眼を見開く。

「ただし、暴力を振るうのは、自分が絶対正しいと、他の誰に対しても、胸を張って言える時だけです。

 分かりましたか?」

「はい!」

 レウスはユリアの教えに、はっきりと返事をする。


「ならば、今回のドレイクに対して、どうすれば良かったのか、よく考えなさい。」

「はい。」

 レウスはドレイクの話しを蒸し返されて、少し気落ちする。

「さあ、今日はもう遅いし、そろそろ晩御飯の準備をしましょうか。」

 ユリアはにっこりと、話題を変える。



 後日、レウスは散歩の途中でドレイクとでくわす。

 ドレイクは猪の子供を狙っていた。

「ねえ、あんなのを殺すの?」

「うおっ!」

 いきなり話しかけられて、ドレイクはびっくりする。

 猪の子供は、気配を感じて逃げ出した。

「そうだよ、悪いか、って、逃げちゃったじゃねーかよ。」

 ドレイクはしょげる。


「悪いも何も、あんなの殺したら、それで終わりだよ?」

「おまえ、何が言いたいんだ?」

 ドレイクには、レウスの言ってる意味が、つかめない。

「殺すよりもさ、捕まえない?」

「捕まえる?」

「そう、いっぱい捕まえてさ、いっぱい育てるの。」

「育てる?」

「うまく繁殖とかさせればさ、いつでも食べられるよ。」

「おまえ、頭いいな。」

 ドレイクにも、レウスの言ってる意味がやっと分かった。


 ふたりは捕獲用の罠などを考案し、動物の家畜化に乗り出した。

 それは、思ってたよりも困難だった。

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