魔王の息子
あさぼらけ
第1話 魔王討たれる
魔界の存在が人類に知られて、早50年。
人類はついに、魔王を討ち滅ぼそうとしていた。
「魔王様ぁ、勇者が城門を突破しました!
ここまで来るのも、時間の問題です!」
魔族四天王最後のひとりが、勇者の襲撃を告げる。
「おのれ人間どもめ。
姿が違うと言うだけで、我々を滅ぼしにかかるとは、なんて野蛮なヤツらなんだ。」
魔王はぎゅっとくちびるを噛みしめる。
握りしめた指先が手のひらに食いこみ、紫色の血が流れる。
魔王は後悔していた。
人間どもに魔力の使い方を教えてしまった事を。
人間どもはすぐに魔力の概念を解明してしまう。
今では魔族以上の魔力を持つ人間も現れてしまった。
そして今、そんな人間が勇者を名乗り、魔族を殲滅しにやってきた。
魔王は玉座から立ち上がると、隣りの部屋へと移る。
この玉座の間にも、色々な思い出があった。
魔王は歩きながら、部屋の四方に眼をやり、平和だった過ぎた日々を思い出す。
人間界とつながったあの日、魔王もまだ子供だった。
新世界との未知の出会いに、心踊ったものである。
それがまさか、こんな結果になるとは思わなかった。
「なんだ、まだ居たのか。」
魔王は家族の団欒の間に足を踏み入れる。
そこには魔王の妻が居た。
魔王の妻は、妹夫婦に我が子を託していた。
産まれたばかりの双子の兄妹。
ふたりの幼な子は、それぞれ籠に入れられ、妹夫婦に託される。
「あなた、私も最後までお供いたします。」
魔王の妻は我が子を託すと、槍を片手に魔王によりそう。
妹夫婦は、涙を流している。
「待て、この子らには、母親のおまえが必要だろう。」
魔王は妻の申し出を断る。
魔王の妻は首をふる。
「その役目なら、私の妹が立派に果たしてくれます。
それに私は、元四天王のひとりです。」
魔王の妻の言葉に、妹夫婦の涙は止まらない。
「そうか。不甲斐ない夫で、最期まで迷惑をかけたな。」
「いいえ、あなたは立派な夫でした。」
魔王と妻は、これが最後と、我が子達に眼を向ける。
男の子の名前はレウス。
レウスは魔王と目があうと、きゃっきゃと笑う。
魔王の表情もゆるむ。
魔王は左手首の腕輪を外すと、レウスに持たせる。
レウスはきゃっきゃと腕輪を上下に振り回す。
「レウス、強い子に育つんだよ。」
女の子の名前はレイア。
レイアはすやすやと眠っている。
魔王はレイアの頭を優しくなでる。
「ふえ、」
レイアは少しぐずりだす。
戸惑う魔王をよそに、魔王の妻はレイアを抱き上げる。
妻があやすと、レイアはすやすやと眠りにつく。
妻はレイアを籠に戻すと、自分の指輪をレイアに握らせる。
「レイア、あなたも強くて優しい子に育ってね。」
「ぐぎゃあああ!」
そこに、四天王最後のひとりの断末魔が響く。
魔王は表情引き締め、玉座の間に向かう。
魔王の妻は、妹夫婦に最後の別れを告げる。
「この子達に、私達の事を伝えてはなりません。
この子達には、魔族とは関係なく、自分の人生を歩ませて下さい。」
「はい、お姉さま。」
妻の妹は、涙を流してうなずく。
「私のかわいい赤ちゃん。パパとママの言う事は、ちゃんと聞くんですよ。」
魔王の妻は我が子達に笑顔を向けると、妹夫婦に後を託す。
涙を流す妹夫婦がうなずくのを見て、魔王の妻は魔王の後を追った。
「うわああん。」
姉と別れた妹は、その場に泣き崩れる。
夫は早くこの場を離れようと、うながす。
ふたりは秘密の抜け道を使い、城の外へと向かう。
抜け道は入り組んでいて、幾重にも分岐している。
正解ルート以外には、罠が仕掛けられている。
この抜け道を設計したのは、妹夫婦の夫だった。
だから迷う事なく抜け出せる。
想定外だったのは、この抜け道の一部が地下ダンジョンを兼ねていた事である。
この地下ダンジョンは、勇者によって攻略済みだった事を、妹夫婦は知らない。
「さあ、後はこの道を行くだけだ。」
妹夫婦の夫は、疲れの見える妻をはげます。
緩やかな上り坂の先に、出口の光が見える。
と、その時、突然地下ダンジョン全体が激しく揺れる。
それは魔王が倒され、この魔王城を支える魔力の供給源が失われた事を意味していた。
妻はよろめき、女の子の入った籠を落としてしまう。
籠は坂を滑り落ちる。
妻は慌てて後を追おうとするが、それを夫が制する。
地下ダンジョンの崩壊が始まっている。
このままでは、妻も巻き込まれてしまう。
夫は男の子の入った籠を、妻に託す。
「レイアは俺が必ず助ける。
だから、おまえはレウスを頼む。」
夫の言葉に、涙を流してうなずく。
「走れ!」
と言って夫は地下ダンジョンの奥へと走る。
妻は逆方向、出口へ向かって走った。
妻が地下ダンジョンから出ると同時に、ダンジョンは崩壊する。
このダンジョンには、幾つかの出入り口があった。
その何処からか脱出してくれる事を祈って、妻はその場を後にした。
この場に長居は出来ない。
いつ勇者一行と鉢合わせするか、分からないからだ。
妻はそこから遠く離れた場所で、転移アイテムを使い、自分の家に戻った。
それから幾日経っても、夫は帰ってこなかった。
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