第19話

「今川家家臣、松井宗信なり。今こそ信長の首頂戴仕らん!!」


馬に乗った松井宗信を筆頭に、今川家残党軍がこの乱戦に飛び込んでくる。彼は崩壊した今川軍を掻き集め、最後の戦いとばかりに攻めていたのだ。


「信長!!義元公の仇だ!!もらった!!」


松井宗信が信長に刀を振り下ろす。信長は素早い動きで具教を蹴り飛ばし、逆に松井宗信に斬りかかる。


「甘い、甘いわ!!」


「なんだと!!!ぐわぁぁぁぁ!!」


信長の刀が先に松井宗信に届いた。松井宗信が苦痛な声をあげながら、馬から振り落とされる。トドメを刺す為、信長が追撃を始める。


「これでトドメだ!!死ね!!」


信長は倒れている松井宗信に馬乗りになり、その腹に刀を突き刺す。ズシリとした感触の後、血が飛び散る。


「ぐっ、ぐおおおおおお!!!!」


松井宗信が悲鳴が響く。しばらく呆然と眺めていた北畠具教だったが、とにかく信長を止めなくてはいけない。なにせ次は自分が狙われるに違いないのだから。


蹴られて尻餅をついていた北畠具教だが、起き上がり急いで走る。しかし、慌てていたのと雨の為二人の直前で足を滑らせた。


「うおっ、こける。あわわ!!」


北畠具教は反射的に持っていた刀で杖のように地面に突き刺そうとした。しかしその刀は、地面ではなく信長の足に突き刺さったのだ。


「くっぅぅ、やりおったな!!」


近くで雷が落ちたのか雷鳴が轟く。まるでこれからの時代を暗示しているかのように……


「ひぃぃ、ごめんなさいっ」


思わぬ事がおこり具教は思わずたじろいてしまった。足を刺された信長がたじろく具教を睨み付けた時であった。血まみれの松井宗信が後ろから信長に対して刀で貫いた。


「ぐぉぉぉぉぉぉぉぬぬぬ」


「信長!!!トドメだ!!!」


松井宗信が渾身の力で刀を押す。信長の身体を刀が貫き、ドクドクと赤い血が滴り落ちる。


「ぐふっ……」


しかし先に力尽きたのは松井宗信の方であった。口から血を吐きながら崩れ落ちた。


「ぐっっうううう……俺もこれまでか……」


信長は懸命に意識を保とうとするが、言葉にもならぬほどの激痛によってそれもままならない。口の中は出血で溢れ、言葉どころか息をするのも苦しい。そして徐々に意識が遠のいていく。


(俺は俺……は死ぬのか……こんな所で義……元をやったこの俺が……)


信長は自分に忍び寄る死神の気配を感じていた。膨れ上がる恐怖心と身体の震えが止まらない。


(これが「死」というものなのか……)


信長はもはや死は避けられないと悟った。だが最後に格好をつけなくてはならない。今川義元を討ち取った織田信長が、このまま死ぬなど出来なかった。


「……北畠具教……見事だ……だがお前にやられた訳ではない……この俺が自ら命を絶つ……介錯はまかせた……」


信長は自らの脇差を抜き、喉元に突きたてた。


「北畠具教……俺を倒したんだ……必ず天下を取れ……取れなかったら化けて出るぞク……ックックッ……!!」


それが信長の最後の言葉であった。最後の力をこめ、的確に自分の喉元を貫く。そしてそのまま、前のめりで倒れていった。北畠具教はそれをただ見ることしか出来なかった。


両軍の戦闘が一瞬止まり静まり返る。そして信長の死を自覚した者から順に感情が爆発する。


「……信長が死んだぞ!!我が軍の勝利だ!!!」


「ああっ信長様が……早く逃げないと……」


「織田軍を逃すな!!殲滅だ殲滅戦だ!!首は取り放題だぞ!!」


精神的支柱であった信長の死によって、織田軍の士気は無くなり、もはや堪えることが出来ない。もはや戦いではなく殺戮の様になりつつあった。


この世界の歴史が大きく変わり始めていく……


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