第20話

「父上!!お怪我はありませんか」


雪姫の声を聞いて、北畠具教はようやく我に返った。眼下には大量の血を流し信長が倒れている。その顔は実に無念そうだ。


(結果的に俺が殺したようなものか……)


漠然と想像していた事がクッキリと見えてきた時、北畠具教は初めて罪悪感のような物を感じた。ゲームの世界だといくら説明されても、この情念は拭いきれない……


「おう殿、まだ生きていましたか。絶対死んだものと思ってましたよ。やはりバカはしぶといですな!!」


「その声はモブか!!お前俺を助けずに隠れていただろう!!ああもう感傷が台無しだ!!」


モブのおかげですっかりシリアスモードが終わってしまった。まあ読者もそんなの求めていないと思うけど……


「まあとにかく信長を倒す野望を達成したぞ!!」


そうであるついに北畠具教は野望を達成したのである。


「そしてこれにてこのゲーム世界ともさらばだな!!」




……




…………




………………




……………………




「おいモブ、元の世界に戻らないぞ!!」


「誰がそんな事言いました?戻れる訳無いでしょ。これから少年漫画のように次々と敵が押し寄せるに決まってるじゃないですか」


「えーーーーもう僕お家に帰る!!」


「ほら駄々こねない。まず殿を助けてくれた松井殿を助けに行きましょう」


「松井殿、松井宗信殿!!お気を確かに!!」


信長に斬られおびただしい出血をしている松井宗信。そんな彼に美杉が必死に声をかけている。北畠具教はそんな二人を見つけ、駆け寄る。


「……おお……そなたは美杉と言ったな……ぐふぐふっ」




(傷が深い……もう助からない……)


美杉はそう感じた。それは松井宗信もうすうすと分かっていた。この傷の深さでは助からないことを。


「……信長は……やったのか……」


「見事討ち果たしました。松井宗信殿の手柄で御座います」


「……ふふふ、これで義元様の仇は取れたか……もしかして隣にいるのは……」


「はい、われらが総大将、北畠具教様で御座います」


松井宗信は震える手を伸ばし、北畠具教の手を握った。もうほとんど力が入らない。だが最後の力を振り絞って握ろうとしている。


「……お願いがございます。義元様の亡がらを駿河の地に……」


「うん、分かった。必ずそうするよ」


松井宗信の瞳から涙が毀れる。もう思い残すことはない。あとは義元様の元に行くだけだ。


「……どうか今川家を……お願い頼み申す……」


それが松井宗信の最後の言葉であった。その顔はうっすらと笑みを浮かべている。戦いきった姿であった。


「北畠具教様、松井殿は丁重に埋葬いたします。殿は最後のお仕事を……」


美杉にこう促された。たしかにそうである。総大将であるこの俺がこの戦いを終わらせるなければならない。それが大将の役目であると刹那に感じた。


(とは言ってもどうしたらいいのだ。織田信長を倒す事だけ考えていたから後の事はそんなに思ってなかったなー)


「……という訳だから、おいモブどうしようか?」


モブがやれやれといった感じで溜息をついた。


「やれやれ殿はしょうがないですな。とにかく信長の死を尾張の国中に言いまくって織田勢の士気を挫きましょう。それと居城である清洲城を一刻も早く取るべきかと」


「おおなんか頼りになるな。よし全部採用!!」


北畠具教は周りに向かってあらん限りの大きな声で叫ぶ。


「織田信長を討ち取ったぞ!!者ども清洲城にせめるぞ!!!」


「エイエイオー!!」


北畠勢の勝ち鬨が辺り一面に広がる。その勝ち鬨の声は、北畠具教奇襲の任にあたっていた森可成の耳にも聞こえた。


「なんだ、何故勝ち鬨が聞こえるのだ。もしや信長様が」


森可成の元に侍が慌てて駆け寄る。


「たっ大変で御座います。信長様が討ち死に!!お味方も総崩れでございます!!」


「なっなんと!!信じられん!!」


森可成は耳を疑った。もっとも聞きたくなかった報告だからである。だがしかし次々と信長死すとの報が届き、森可成は愕然とした。


「俺が奇襲に失敗したばかりにこんな事に……もはやこれまで生き恥を晒さぬ!!」


腰に差している脇差を抜いた瞬間、周りの家臣達が必死に押し留める。


「森様ここは堪えてください!!貴方様は奇妙丸様や帰蝶様や市姫様をお守りしなければなりません。このままでは織田家の血が絶えてしまいます」


「とにかく清洲城に戻りもう一合戦いたしましょう!!」


無念だがその助言に従うしかなかった。森可成の部隊は撤退を開始する。


不思議とあれほど降っていた雨が収まってきた。まるでこの戦いを象徴するかのように……




(新・桶狭間の戦い編 終わり)


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