第11話

清洲城を出た信長達は、熱田神宮を経由した後、ここ善照寺砦に到着した。


善照寺砦は敵方に落ちた鳴海城を取り囲むように作られた砦の一つである。ここの砦は佐久間信盛に任されていた。


佐久間信盛……別名「退き佐久間」とも言われるほど撤退戦に抜群の才能を見せた武将である。信長に仕え、最盛期には家臣内でも最大級の勢力も勢力を持つが、後に没落する。


そもそも作者が思うに当時の家臣団において、佐久間信盛、そして息子の信栄の存在は……いかんいかんこれは北畠の物語だった。話を元に戻す。よっこいしょっと!


「信長様、まずは無事のご到着をなによりです」


佐久間信盛は到着したばかりの信長に頭を下げる。そして嫌な報告もしなくてはならなかった。


「先ほど、丸根砦が落ちたとの事。佐久間盛重殿が討死になされた模様……」


「……そうか」



信長が善照寺砦に到着する少し前、大高城を警戒するように作られた丸根砦を守る佐久間盛重は絶望的な状況に陥っていた。


砦にいる将兵は僅かであり、そして今まさに今川勢に取り囲まれているからである。


「命運は尽きたか……」


佐久間盛重は力なく言った。兵力の差からこのまま攻められたら防ぎきれない。しかも相手は松平元康率いる三河勢だ。まだ若いがなかなか指揮が上手い。大高城に兵糧入れた手腕は敵ながら見事であった。


「座して死ぬなら討って出るか……」


佐久間盛重は悲壮な決意をした。このままなすすべもなく討たれては末代での恥である。


「よーしお前ら、腹を決めるぞ。押し太鼓を合図に敵陣に突っ込む!松平元康の首を取るぞ!!」


「おお!!!」


丸根砦の将兵は大きな叫び声でそれに答えた。皆、死ぬことは覚悟していた。逃げようとする者はいない。佐久間盛重はよく兵をまとめていた。


「信長様、ご武運を……」


押し太鼓が打ち鳴らされる。砦の門が開き、兵士達が眼下の今川勢に飛び込んでいく。佐久間盛重もまた斬り込んで行き、そして死んでいった……



信長が丸根砦が落ちた報を聞いていた頃、また別の使いの者が信長の前にあらわれた。その使いの者は泥まみれで背中に矢がいくつも突き刺さっている。


「……鷲津砦陥落。飯尾定宗様は討死に……」


そう言うとその使いの者はばたっとその場に倒れこんだ。もう命は助からないであろう……


「信長様、これで大高城周辺はすべて今川方になりましたな」


佐久間信盛はもう打つ手がないように思えた。あちこちの前線で負け続け、こちらの士気は下がり、向こうは士気が上がっている。兵力も差がついている。


「佐久間、兵をまとめるぞ。お前はここを手勢で守れ。俺は今川本隊に討って出る!!」


「!!ははー」


佐久間信盛はすぐに頭を下げた。そしてただちに兵の再編成に取り掛かった。殿はまだ諦めていない。これが佐久間信盛にとって唯一の救いであった。


「勝家!お前もここに残り砦を守れ」


勝家と言われた男が黙って頭を下げた。後に鬼柴田と言われるほど武功をあげ筆頭家老まで登りつめるが、この時はまだ信長の信頼をそれほど得ていない。信長と家督を争った弟信行の家老であったためだ。


(……殿はまだ信頼してくださぬか。耐えるしかない)


そして正午頃、編成を終えた信長ら三千の兵は善照寺砦から出陣した。狙いは今川本隊である。しかし多くの兵士たちは思っていた。


(殿は今川本隊がどこにいるのか分かるのか……)


そんな疑問を抱いていたが、逆らう事無く信長に従っている。それはなぜか分からない。なぜか『そうしなければならない』ように思えたからである。まるで見えない意志によって。


それは信長も同じであった。彼もまたなぜか『そうしなければならない』ように思い指揮をしていた。それはなぜかは分からなかった。


そしてぽつぽつと降り出していた雨は、激しさを増し滝のようになっていき、目の前が全然見えないでいた。まるでこれからの織田、今川、そして北畠の命運のように……

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