第10話

「殿、なにやら使者が……」


モブがそう言いかけた時、鎧姿の男が部屋に飛び込んできた。その男は急いできたのか息も絶え絶えであり、汗も止まらないようである。一息ついてから、大きな声で用件を伝える。


「清洲城から兵が出ました。おそらく主力と思われます!」


「なにーい!!」


部屋にいる家臣達が驚きの声を上げる。信長の動きがあまりに早かったからである。


「するとこちらと一戦構える覚悟か!」


「それが……敵兵こちらに向かわず、大挙して南東の方へ。おそらく今川を迎え撃つのもかと!」


再び家臣達は驚きの声を上げた。おそらく信長は、篭城もしくは北畠を迎え撃つと多くの家臣達は思っていた。何故わざわざ大軍の今川に向かうのか。


「これは如何なることだ。殿の読みどおり本当に桶狭間で戦いがおこるのか」


「あいやしばらく。まだ情報がこれしかない。信長の謀略の可能性もある!」


木造具政は最後まで抵抗しようとしていた。しかし、続々と早馬が到着し、信長の動きが見えてくると抵抗できなくなった。


「殿、こんな事もあろうかと、大量に監視兵を送り込んで正解でしたな」


「みんな俺の言うことは聞かないから、こうするしかなかったんだけど……」


俺の言うことを聞かないと見越していたが、なんか俺って評価されてな……


「殿の言うとおりになってきたな……」


まだ若さが残る神戸具盛はぼそっと呟いた。正直な所、神戸具盛は戦は初陣に近く、北畠家の義理立てのつもりでいやいやついてきただけである。


(どうせ侵攻は失敗すると思っていたので、なるべく兵士を失いたくなかったが、これはひょっとしてひょっとするかも……)


他の家臣達も同様に考え始めていた。尾張は今川が支配する取り決めだが、ここで武名をあげれば今川義元からも恩賞があるかもしれし、伊勢の地で加増があるかもしれん。


そんな家臣達をみて俺は満足げな笑みを浮かべた。


「ふふふ、家臣達もこちらに従いつつあるな。よーしこれでトドメだ!」


「なに一人でブツブツ言ってるんですか?気持ち悪いですよ」


モブが俺に突っ込んできたが、まあそんなことはどうでも良かった。


「史実の信長は敦盛で気合を入れたらしい。実は俺もひそかに練習していたのだ。よーし鼓をもてい!」


「パクリをそんな堂々と言わないで下さいよ。はいはい、用意しますね」


モブは鼓を持ってきた。家臣は皆、何が始まるかと思い、口を閉ざす。皆、俺を見ている。おおなんか芸能人になった気分だぞ。


「よーし皆の者敦盛をやる。よく聞くがよい!」


俺が立ち上がろうとしたとき、突然雪姫が目の前に雪姫が現れる。ちょっとどうしたの?


「父上、ここは私が敦盛をやらせていただきます。ぜひ見てください」


雪姫は高揚しているのか顔が赤くなっている。瞳もキラキラとしているので俺がやると言えなく、そのまま押し通された。


「人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度生を得て滅せぬ者のあるべきか」


雪姫が澄んだ歌声で敦盛を歌っている。その声は聞く者の心を揺さ振り、踊る姿は神々しささえあり見る者の心を高揚させた。


「うう、俺がするはずだったのに……」


「まあまあ、おっさんである殿がやっても酷い有様になるんですからこれでいいんですよ」


しかしこれが雪姫のスキル/士気高揚アイドルの力か……士気が上がっていってるのが俺でもわかるぞ。


雪姫は敦盛をやりきった。そして雪姫は高々に演説を始める。


「皆の者よく聞きなさい。恐れ多くも殿より先陣大将をまかされた雪であります。おなごの下知には従えぬという者がいましたら、遠慮せず首を取って信長にくだるがよろしい。私とともに戦うというなら、信長の首を私に見せに参りなさい!」


なんと男勝りな演説なのかと俺は思った。ここまで雪姫がしっかりしているとは思わなかったぞ。しかし、主人公は一応俺なんだけど……


そんな雪姫の演説を聞いて、服部友貞は大きく膨れた腹を叩きながら笑い出した。


「ハッハッハッ!!面白い、実に面白いぞ、北畠家は!!よし俺が道案内してやる。ついて参れ!!」


「我々のお命雪姫様にお預けます。存分にご命令を!!」


家臣達は一斉に咆哮のような声を出し、感情を爆発させていた。その勢いの凄さはまるで押し寄せる大波のようである。


「皆の命は無駄にしない。さあ、出陣!!」


「おお!!!!」


純白の鎧を着込んだ雪姫が颯爽と飛び出した。皆それに遅れ待いとついて行く。部屋には俺とモブだけポツンと残った。


「……俺って一体」


「……殿、流石に同情します……」


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