第9話
織田信長の家臣が慌てて鼓を持ってきた。信長はそれを分捕るかのように奪い取ると、家臣の森可成に投げつけた。まるで目に見えないものに操られているかのようだ。
「敦盛じゃ、敦盛!己が鼓を打てい!」
「はっははー!」
鼓を投げつけられた森可成が、慌てて鼓を打つ。慣れないのかかなり下手ではあるが鼓を打っている。他の者達は呆気に取られて何も話すことができなかった。沈黙の中、鼓の音が響く。
「人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度生を得て滅せぬ者のあるべきか」
信長はハリのある声で敦盛を歌う。その姿を見て、家臣の中には涙を流す者もあらわれた。
(信長様はこの戦いに命を懸けようとしている。なんと凛々しい姿だ)
(我々も決意をしなければならないな……)
篭城か決戦か、喧々諤々の議論をしていた家臣たちの心が一つにまとまろうとしていた。ちょうどその時、急ぎの使者が駆け込んできた。
「お味方の丸根砦、そして鷲津砦が今川方の朝比奈泰朝、松平元康によって攻められております!」
家臣達は動揺の声を上げる。今川がそこまで迫っているのだ。そしてその報を聞いた信長は、ピタリと歌うのを止めた。
「出陣じゃ!今が攻め時よ!全軍今川勢に攻めるぞ!!」
「とっ殿!!北畠家の抑えはどうなさいます?」
「兵を割く余裕などない!!来ていない北畠家より近くまで来ている今川家の方が大事じゃ!!すぐには北畠家も動けまい。まずは義元を叩く!!」
一瞬の間があった後、爆発的な叫びが部屋に響く。
「おお、信長様が決意された!!」
「かならず武功をたてまする!!」
興奮した信長の家臣達は、大急ぎで部屋から出て出陣の手はずを整えに行く。信長自身も急いで立ったまま湯漬けを駆け込み、部屋から飛び出していく。
しかし、そんな信長の本心は複雑であった……
(いいのかこれで……今川から攻めるのは正しいはず。ただ清洲城はからっぽじゃ。時との戦いになるな……)
物陰に隠れていた者がそんな清洲城の動きを知って慌てて城から飛び出していく。そして西へ、蟹江城へ向かうのであった。
風雲急をつげる清洲城。そして、ここ蟹江城もおなじような状況であった。
上座の真ん中に我らが主人公、北畠具教がでーんと座っている。誰だ影が薄いって言ったのは!そして多くの北畠家臣団がそれに向かって座っている。
「殿、いい加減に戦略をお教えください。このままでは部下に説明できません」
弟の木造具政が激しく抗議する。うう怖いなこの弟。俺、一応自分が兄貴の設定なのに……
「まあ殿ははっきり言わないのが悪いんですよ」
「だってうちの情報ダダ漏れみたいだし、仕方ないじゃないか!」
モブが突っ込んできたので、俺も言い返す。しかしたしかにそろそろ戦略言わないといけないかな。
「なあ、モブ。そろそろいいかな?」
モブは自分の腕時計を見る。金ぴかのごてごてとした悪趣味な形の腕時計である。
「そうですね……そろそろ言って良い頃だと思いますよ」
「おいサラッと現代的な物をだすなよ。設定がおかしくなるだろ!」
俺とモブが言い争っている。それを家臣たちがかなり冷めた目線で見つめている。いかんいかんこんな事をしていては!ただでさえ信頼がないのにもっとなくなってしまう。よーし
俺は勢いよく立つ。家臣たちが皆俺を見つめている。おお、緊張するな。よーし俺の完璧な作戦を聞かせてやる!よく聞けよ!!!
「これより、我々は桶狭間に出陣し、今川方と共に織田を挟み討ちにする!!」 (ドヤ顔)
「いや、ドヤ顔するほどの作戦でもないかと。今川と戦っているうちに後ろからなぐりつけるだけですし……」
「うるさいぞモブ!これが一番シンプルで確実なんだよ!」
モブが因縁をつけてきたが、正直これしか手がない。皆分かってくれるはずだ。おお、皆感心のあまり声も出ないと見える。
たしかに家臣達はシーンとしている。しかしそんな静寂はあっという間に崩壊した。皆突然に大きな声を出して抗議を始めたのだ。なんだなんだどうしたのみんな。
「来たばかりでいきなり出陣は無謀この上ない!」
「大体なんでなにもない桶狭間に行くのか。信長は清洲城ではないか!」
「こんな世迷言を聞きにこんな所まで来た訳ではない。ふざけているのか!」
皆、凄い怒った形相で俺に怒鳴りつけている。殿としての面目ないな、この俺。なんとか説得しないと。具体的に説明しよう。
「信長は今川義元を叩きに桶狭間に来るから、後ろから雪姫指揮する主力三千で襲い掛かる。副将は鳥屋尾満栄。主力の後詰は神戸具盛殿に頼みたい。主力の道案内はこのあたりの地理に詳しい服部友貞。木造具政は五百の兵で清洲城の監視。北畠具親は本陣にいて」
これが俺とモブが考えた作戦「新・桶狭間作戦」だ。ゲームだからフラグさえ立てば、史実どおりに動くであろう。そんな考えだ。しかし、本当にこの通りになる確証などどこにもないのも事実である。しかし、俺はこれに賭けた。
「これはしたり!そもそもなぜ信長と義元殿の行動が読めるのか。絶対に反対である!!!!」
木造具政が激しく、本当に激しく反対した。家臣達もその勢いの呑まれたのか俺に反対を訴える。
(俺が本隊と別行動だと。これでは信長と呼応して兄を討てないではないか。まさか気付かれたのか。いやいやそんな事はないだろう。とにかく反対だ!それしかない)
皆やいのやいのと反対である。これでは出陣出来ないぞ。困ったなどうしよう。
そんなまさにその時、一人の伝令が蟹江城に飛び込み、大急ぎで軍議が行われている部屋に走っていった……
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