第8話

北畠勢は蟹江城内に入った後、少しの間休憩となった。皆、それぞれ食事を取ったり寝ていたりしている。


北畠具教の末弟、北畠具親はそんな中、思案に暮れていた。


(とうとうここまで来てしまったが、しかしどうやって戦うのだろう。なんの説明も無いな)


どうも北畠家中の情報が織田方に漏れているらしいので、北畠具教は作戦について具体的には言っていなかった。


当然、何の説明がないのにここまで連れられた家中の人間は、かなり不満が溜まっていた。公然と殿を非難する者も出始めている。


(このままではとても戦にならないのではないか……)


そんな不安に駆られている北畠具親に一人の男が話しかける。もう一人の兄である木造具政である。


「のう、お主はどう思う?」


「……どう思うとは?」


以前、この木造具政は自分に挙兵を助けよと促してきたことがあった。幸いその企ては表に出る前に何とか潰して表に出る事なく無く終わったが、下手に話して言質を取られたくは無かった。


「こんな戦、無謀この上ないということよ。どう戦うか分からず家臣も不安がっている」


(不安を焚きつけているのは貴方でしょうが)


北畠具親はそう思ったが、ここはひとまず木造具政の話を聞くことにした。


「もし軍議が行われたら、ワシは殿に意見するつもりだ。お前もワシについて欲しい」


「……意見が妥当であるなら賛同しますが、今ここでのご返答はご遠慮願います」


北畠具親としては、この兄がどうにも信頼できない。長兄である殿はさっぱりとしていて自分の事を大きく言う事はない。しかし、もう一人の兄である木造具政は、常に自分の野心ばかり追求しているように思える。


「ふっ賢しいな。まあそれもいいだろう。ただこの戦、勝てないぞ」


そう捨てセリフを吐きながら木造具政は去っていった。


(なにか良からぬ事を考えているのではないか……)



その頃、織田信長は清洲城にいた。精悍で凛々しい姿である。これは北畠具教とは対照的な感じである。そして清洲城内はかなり浮き足立っていた。


「今川の大軍がかなりこちらに迫ってきているらしい」


「伊勢の北畠も連動しているとの噂じゃ」


「このまま篭城か、それとも打って出るのか」


信長のまわりにいる家臣たちは、狼狽のあまりそれぞれ好き勝手なことを言っている。信長はそれにたいして何も言わず黙っている。


「信長様、いかがいたしましょう?」


そんな家臣の問いに信長は答えようもしない。家臣達は信長が諦めてしまったようにも思えた。しかし、信長には成算があった。


(義元、ついに来たな。二万を越す大軍とはいえ地の利はこちらにある。かならず勝機がある。そして北畠のほうだが……)


信長は前に自分宛にきた書状を思い出していた。送り主はあの木造具政である。


(もしこの俺、信長が北畠具教の本陣を攻めたなら、かならず自分は寝返るか……その代わり伊勢に撤退しても追い討ちしない誓詞を出せか)


もうこの時、木造具政はとっくに兄である北畠具教を見限っていた。そして、織田信長と内通していたのである。信長に北畠具教を討たせ、その後は自分が伊勢を支配する計画である。


木造具政がなぜこんな危ない橋を渡るかのような計画を立てたのか。まず北畠家中の賛同が思ったほど得られなかったからである。最初はかなり楽観していた。うつけと言われる殿に着く者などいないと思っていたからである。


しかし、皆は不満を口にするもなかなか木造具政に組みしようとはしなかった(これは木造具政の人望によるものも大きいが本人は分かっていない)


そうなれば暗殺しかないが、どうにもこうにも上手くいかない。もうこうなれば敵の敵は味方という訳で信長に接近したのである。


さて信長の方だが、最初そこまで深くは考えていなかった。そもそも北畠が尾張侵攻するなど考えられないからだ。しかし事がここまで来た以上、この取り決めはかなり役に立つ。


信長が黙りこみ、家臣たちが喧々諤々の議論をしていると、一人の伝令と思われる者が大広間に飛び込んできた。


「北畠勢およそ四千、蟹江城に入城のよしにございます!」


信長の家臣達はかなり驚いた。かなり懐深く北畠勢が来たからである。


その報告を聞いた信長はかっと目を開けた。


(来たか!おそらく敵はまだこぬと油断しているはず。一気に夜戦で城を攻める。木造具政も裏切るであろうし、北畠勢は来たばかりで蟹江城にも詳しくない。一気に落とし、返す刀で義元を討つ!)


信長の腹は決まった。まず北畠を潰す。よし早速攻める!そう思い立ち上がろうとした時、突然織田信長に電流が走った。


(しかし本当にいいのか。今川家がせまっているだ。落ち着け落ち着け……)


「信長様、いかがなされましたか」


「……鼓じゃ、鼓をもてい!」


「ははっ、直ちに!」


家臣の一人が慌てて飛び出していく。信長はかなり焦っている。それは仕方がないことである。史実とは違って北畠家が迫りつつあるのだから……

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