勿忘草

諦めの悪い結末が、必ずしもハッピーエンドに繋がるなんて幻想でしかない。

夏が過ぎて肌寒くなり、雪が降って蕗の薹が芽生えを見せる頃を過ぎ去った春、私の2年生は終わりを告げるベルが鳴る。

「おはようございます。今日はあまり天気が宜しくは無いですが皆さんとはお別れですね。明日は明日の風が吹く。っと言うように、私たちはここで終わりではありません。来年の3年生、皆さんが晴れ晴れと卒業できることを願っています」

そんな担任の言葉でホームルームは締められた。なんということも無くいつものようにみんな帰り支度を済ませて教室を出る。数人は、置き勉によって溜まった教科書類を懸命に運んでいる姿が見受けられる。その中には瑞希の姿もあった。

「なぁ2人とも、頼みがあんだけど」

「嫌だ」「嫌」

「そこをなんとか、パフェ奢るから」

拝み倒す彼の姿が、教室の中で浮いたものとなって羞恥心が勝って仕方がなく荷物の一端を背負うことになった。

「やっぱりパフェ2倍で」

「.........分かった。背に腹はかえられないからな」

3人で何とか持って帰れる量で助かった。電車に乗る時に同情とも哀れみとも思える視線が刺さって心苦しかった。

最寄り駅について電車を降りると、なんだかいつもと空気が違っていた。

「なんか、変な感じしない?」

曇天の空はなにか心を不安にさせ、海は嫌に静かだった。

「確かに、なんk」

私たちは、その場に立てなくなった。足元から崩れ落ちて奈落に落ちるかと思うその衝撃は何年経っても脳裏に焼き付いて離れることは無い。体感でこれはマズいと警鐘を鳴らしている。生命の危機を肌で感じるその瞬間、「逃げるぞ!」瑞希が声をはりあげた。何分あっただろうかと思うほどのその揺れは永遠に思えるほどで、だけどしっかりと揺れは収まってくれた。

少し震える足を懸命に上げて、瑞希に手を握られて走り出す。ただただ山に向かうべきだと誰もが言わずとも分かっていた。

波がザーッと引いていくその音が、嫌だった。この町は港町にしては広いので、近くには高い場所がない。見える山が遠く感じる。

「あっ」

私は彼の歩調に釣り合わず、足を踏み外す。派手に転けて振り返ると、水平線の向こうに見えた。

恐怖に体が竦んだ。足は捻挫を起こして、もう到底走れるような状態ではなかった。

「どうしよう、どうしよう」

「しっかりしろ!俺が背負うから!」

そう言われて彼におぶってもらう。走り出すけれどさっき程のスピードはもうない。周りにはもう人の気配が無かった。それがどういうことかは言葉にせずとも理解出来た。

「.........私を置いていって瑞希」

「な、何言ってんだお前!」

「だってもう無理だよ!瑞希だって分かってるんでしょ?」

波はもう凝らさずとも見える大きさになっていた。

「だからってお前を置いてける訳ないだろ!」

「だから、お願い。これはお願いなの。瑞希は忘れてるかもしれないけど、小さい頃のこと覚えてる?かけっこで勝ったらなんでも言うこと聞くって約束。私はまだ決めれないって保留にしたんだよ。だから、今そのお願い使うね」

「そんなのとっくに時効。認められるわけが無い」

「でも時間は有限。私を背負って行ったらみんな間に合わない。こうして話してる時間も惜しいんだよ」

「だから、ね?行って」

彼の顔が悲痛に歪んで、背を向けた。安堵が湧いて。2人が走り出す背を見送った。そうして誰もいなくなったこの町に、私だけが取り残されて波の音が聞こえてきた。

「あっ」

やっぱり、死にたくないんだな。体が震えて嗚咽がして、涙が溢れて。

「死にたくないよ」

立てない足を必死に使って山に向かう。間に合わないと分かっていても死にたくないから足掻く。

どうしてこうなったんだろう。最後に脳裏に浮かんだのは、広川くんの笑みだった。

「広川くん、」

恋は盲目。私は彼が好きだったんだ。それにつられて気づいたのが今になるなんて。なんて私は馬鹿なんだろう。見えているのに見えていない。

波はもうそこに。数秒で消える命だ。何も果たせなかった。親孝行も恋愛も仕事も育児も老後も何もかも。私は誰かの思い出になれたのかな。

「ねぇ、みんな」

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