訪問客

意気消沈。言葉通り、広川くんに送ったメールには「ああ」とか「うん」、「そうだな」、「分かった」と言ったような生返事しかない。普段口数の少ない彼であってもメールでこんなに文字が少ないことはあまり無かった。どれだけ彼が落ち込んでいるかなんて言わなくてもわかった。

それから数週間、まるで一時の夢だったかのように広川くんとの交流は減っていった。

その間に夏休みは始まり、定期の切れてしまって行くところもないので私たちは街一つの喫茶店でバイトを始めた。

「ただでさえ人が少ないのに、いいんですか」

3人でバイトの面接を受けに行ったのはいいものの、全員が通るとはさんさら思っていなかった。

「いいよいいよ。こんなのはただの趣味みたいなもんだから。それに、未来ある子供たちがお金を使う方がよっぽど世間のためだからね」

やっぱりマスターはどこか洒落てる。言っては悪いと思っているけれど私たちがこの店に来る時にだってあんまりお客さんは来ない。

その空いている時間を使ってマスターは私たち一人一人に接客やコーヒーの淹れ方を教えてくれた。だからあっという間に身について、一週間もすれば大抵の事は出来るようになっていた。

私と千紗が接客、瑞希が厨房で料理やコーヒーを作るという分担でお店は回った。一人しか従業員のいなかったこの店も、少しだけ賑やかになる。

「お疲れ様でした」

今日も仕事は終わる。時給は最低賃金ギリギリだけど、そんなものはあってないようなものだと思っていた。私たちはただ空いてしまった隙間を埋めるために何かがしたかっただけ。その小さな隙間を、大きな達成感で埋めつくす。そうして、彼を気にしないようにしていた。


「おはようございます」

どうしてか、連日のようにバイトに入り浸っていた。夏休みの宿題はとうに終わっている。もうすぐ8月になろうとしている外は、アスファルトが歪んで見える。

「いらっしゃいませ」

私たちが働き始めて2週間。記念すべき10人目のお客様でした。よく見たことのある顔、探していた姿が目に映った。

「.........大翔くん」

どうして彼がこの店に来たのかは私たちに知る由もない。だけど、理由はなんだとしてもここに来てくれたことが嬉しかった。マスターに折り入って休みを早くしてもらう。エプロンをロッカーにかけて彼の席の向かいに座った。

「久しぶりだね」

「ああ」

相変わらず元気はなさそう。でも、ここまで来るくらいには元気になっていて少し安心する。

「なぁ、鈴蘭。俺はさ」

「うん」

「あの試合の後、泣けなかったんだ」

「うん」

「その時俺は自分が思っているほど本気じゃなかったんだって酷く後悔した」

「だって俺はずっと本気でやってきたつもりだった、勉強も、野球も」

「いや、そんなこと」

「そんなことあるんだよ!」

「多分あの試合に負けたのは誤審が原因じゃない。4番を背負った俺の、責任だ。あの判定の後から、何かが欠けた気がするんだ。だってどんなに頑張っても結局最後は運任せじゃないかって思ったら、泥団子みたいに必死に固めてきたものがたった一度の衝撃で砂に戻るみたいな、そんな感じがしたんだ」

カランッ。

「アイスクリームです」

千紗がアイスクリームを持ってきた。マスターを見ると無言で頷く。サービスだと思う。

キッチンからも瑞希が出てきていた。

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