神様のいじわる

蔵王の件があって以来、彼とはまだ会えていない。この夏にかけての高校生というのは、甲子園に向けて決して大袈裟でなく命をかけて練習に励んでいると思っている。

だが、現実は非情で努力でもどうにもならないことがある。実際宮城から甲子園に出た高校というのはほとんどが東北か仙台育英のどちらかだ。まれに他の高校になるが、結局2強状態なのは戦後ほとんど変わっていないと言っても過言ではない。

「大翔は頑張ってんだろうな」

夏季休業前の特別授業になった私たちは、いつもよりも余裕を持って電車に乗る。全部の授業に出る必要が無いのが幸いして乗り遅れはほとんど起きない。

「そりゃそうでしょ。勝てると良いよね」

「おう。2回戦、勝ち進んだら育英とかだからな。熱い逆転劇を見たいなぁ」

私たちは奇跡を願う。神は願いを叶えようとしてくれているのか、1回戦は難なく勝利し2回戦。当日の土壇場の晴れによって、無事2回戦が行われることになった。

私たちは瑞希の家に駆け寄ってテレビを占領する。彼の弟たちは見たいテレビがあったらしいのだがお菓子によって買収される。少しだけ罪悪感を背負っている間に試合は始まっていた。

1回表、1アウトランナー1塁、2塁でチャンスの場面。万を持したかのように彼がバッターボックスに立つ。

「来たよひろと!」

思わず声に出る瑞希。私達もその頃にはテレビに釘付けになっていた。

「ストラ〜〜イク!」

「カンッ!」

いきなりのノーボールツーストライク。私たちは固唾を飲んで見守った。

1球目は冷静にボールを見極める。

2球目、彼はバットを振った。


打ち上がったそのボールは、高く高く太陽の下で放物線を描く。ピッチャーはその軌道を見て帽子を深く下ろす。

「「「ホームラン!」」」

たった1回の表。試合はまだまだ始まったばかり。だと言うのに、私たち3人は肩を寄せて喜びあった。テレビに映る彼の笑顔のように。

これがひと夏の奇跡であって欲しい。私はその時に強く思った。あわよくばこのまま勝ち進んで。

だけど神様というのは決して優しい訳では無い。2回、3回裏と育英は凄まじい進塁率を見せて遂には逆転される。

「くそー!頑張れ!」

絶対にこの時の瑞希の応援は、応援団のひけをとっていたなかったと思う。

6回表、何とか塁を1つ進めると、代打とんでもなく背の高い男が急にバッターボックスから現れる。勝負を決めに来るんだと誰もが思った。

「打ったー!」

案の定、テレビの解説の声の通りスリーベースヒットで追加得点をした。一進一退の攻防が続く中、事件は9回裏。このまま行けばあの仙台育英に勝てる!そこまで迫った戦いの最終局面に起こった。育英の放った1球が、グローブからこぼれおち進塁を許した。

そこまでは、何もエラーが起こった。ただそれだけのことだから、仕方がないと割り切れなくもなかった。けれどその後の審判の判断が、物議を醸した。

すぐに落ちたボールをホームに投げ、キャッチャーがホームに帰る走者にタッチをしたところでかわすようにホームに手が伸びる。

どっちなんだ。誰もが審判に目を向ける。彼は、腕を横に伸ばした。つまり、セーフだったのだ。これには、私含め誰もが反感を起こした。

「おい、今のはアウトだろ!」

怒る姿をほとんど見た事がない瑞希ですら怒り心頭だ。けど、私はの審判を庇うつもりもない。だって私から見てもあれはアウトだったから。

まるで答え合わせかのようにハイライトが流れる。その映像からは明らかにグローブが彼に触れてからホームに触っていた。

球場の声に当てられて、急遽審判は中心に集まって審議を始める。こんなことが許されていいはずがない。数分の沈黙の間、飲み物が注がれたコップの氷が鳴る音だけが響いた。

結果として、再度審判がとった判断はセーフだった。

これには、映し出された広川くんたちの席はただその結果を呆然と眺めていた。何人かが乗り出そうと立ち上がりかけたが監督が必死に引き止めた。そんな彼も、次に映った時には壁を強く叩いているように見えた。

そうして同点に追いつかれた後、まるで今まで張って糸がほぐれるように崩れていきノーアウト満塁。ホームランによってそのまま試合は閉じられた。

試合後の挨拶に、両手を上げて喜ぶようなものなど敵含め誰一人としていなかった。

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