海より山派

「じゃあ、今から出発する」

目的地は奥羽山脈の方角。だけど私たちは彼から何も知らされてはいなかった。

「どこに向かうつもりなの?」

「蔵王だ」

そう言って彼は数枚の切符を3人に配る。何の準備もしていなかった私たちは、その切符だけを握りしめて、数時間電車に揺られていた。彼の言う目的地に着いたのは、もう日が傾き始めた5時頃だった。休日の蔵王は人が多いと聞いたことはあるけど、さすがにこの時間になると帰りの人が増え始めている。

「運がいいな。今日は晴れてる」

そう言って彼はおかまの方を指さした。その景色には、空いた口が塞がらないという言葉が似合うほど素晴らしく幻想的な風景があった。

「なにこれ、きれい」

「.........すげーな」

カメラを持ってくれば良かったと思うほど幻想的な風景で、水面のエメラルドグリーンが背景の夕焼けによってより映えるように感じる。

「だろ。俺はこの山の景色をお前たちに見せたかったんだ」

「でも、どうして?」

私自身もこの景色にはすごく満足した。だけど、どうしていきなりこんな場所にまで来たのか。その真意が汲み取れない。

「なんでって。.........強いて言うなら友達付き合いというものが、分からないからだな。どうすればいいか分からないから、俺の一番好きな場所に連れてきた。ただそれだけだ」

「「「えっ?」」」

思わず3人の息が揃った。

「お前さぁ、もっと肩の力抜けよ。なんか硬いよ。別にこんなことしなくたって普通に遊んだり、話したりするのが友達だろ?お前だって小さい頃はそうしてたんじゃないのか?」

なんというか、不器用な人だなと会う度に思う。彼は自分を責めすぎて塞ぎ込んでいる。それが友達付き合いに影響するほどに。

「じゃあ、ともだちになった記念だ。あそこのアイスを奢ってやるよ」

瑞希は大翔を連れて売店に向かう。「ありがと〜」と千紗も彼らに続いて向かっていく。

私は携帯を開いてカメラのモードを起動する。3人の後ろ姿が写る場所で、シャッターを切った。カメラほど画質は良くないけれど、蔵王のあの一瞬の景色より、こっちの方がもっと大切な瞬間な気がする。わたしはこっそりとその写真を保存した。

「なにやってんの鈴、早くおいでよ。今なら瑞希がアイス奢ってくれるってよ」

「おいっ、俺は何も言ってないぞ」

わたしは3人の方に駆けていく。

「分かった、分かったからそんな顔するなよ。.........アイス4人分お願いします。」

私は残念そうな顔をやめて、千紗と笑い合う。渋々と1000円札を財布から取り出す瑞希はちょっと可哀想だったけど、友達記念だもんね。それなら、私たちが貰ったって構わないよきっと。

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