目的達成までの過程

今日も今日とて喫茶店。それにも慣れてしまったのか、それを生業としているのかは知らないけれど静かな洋楽が流れる店内がやかましい蝉の鳴く暑さと比べたら心地よいのは確かだと思う。

「いらっしゃい」

マスターの声で誰かが入ってきたのだと分かる。こんな人気の無い店に入って来るとしたら待ち合わせをした彼以外にいないはず。振り向くと手提げを持った大翔くんがいた。

「待たせたな」

「いや、そんなに待ってないから大丈夫」

コーヒー、一つとマスターに声をかけると早速手提げからテストを取り出した。私も続けてテストの回答が入ったファイルを鞄から出す。

「数学には自信があるらしいな。見せてみろよ」

「……はい」

私はファイルをまるごと渡した。もともと人に点数を見られるのは好きでは無いためなんだか少し緊張する。彼はその仏頂面のままテストの答案を眺める。そして一呼吸置いて腕を下ろした。

「本当に勉強得意なんだな」

「いや、得意ってほどじゃ」

「それ以上は言うな。ただの嫌みになるぞ。自分が人よりも優れていることに自信が持てなくなったら終わりだ」

だからそれ以上私も言うのをやめた。

「じゃあこれが俺の回答。お前ほどじゃないが勉強はできるほうだ。問題もここにある、どこを勉強するべきか教えてくれないか」

そんなこと難しいと、咄嗟に口に出そうになったが彼の目を見ていると少しは考えてみようという気になった。だから彼から答えを受け取って少しだけ考える。確かに数学だけ他の教科よりは点が低い。かといって極端に低いわけでもない。平均的に点が高かったから私が言うことはなにも無いような気もしたのだけれど、一つだけ気になることがあった。

「極限とかが苦手なの?」

「そうだ。できればその辺りを教えて欲しいと思っていたところだ」

やっぱり分かっているじゃないかと、教科書の該当ページを開いて教えを請う。

「わたしっている?」

千紗がひどく落ち込んでいる。確かに彼にとってはいらないかもしれないけれど、私は彼女がいるだけで落ち着く。もし一人で会おうってなったらもっと躊躇しただろうし緊張してこんなに口を開いていなかったかもしれないから。

「お待たせしました」

彼の前にコーヒーが置かれる。数時間勉強を教えたところで「昼休憩、入ります」というバイトさんの声が入って集中力が途切れる。

「俺たちも昼にしようか」

おのおのメニュー表から料理を決めると、バイトがおらずマスターしかいないので彼のところまで行って注文してくれた。食器を拭いていたマスターは分かりましたといって料理に取りかかる。

「じゃあ、もう少しだけ勉強に付き合ってくれ」

彼の口調は少しだけ穏やかになっていた。

「もちろん、私に任せなさい」

胸を張るのは千紗であり、彼女の得意教科は国語。上振れると私よりも高い点を取る彼女だけどたまたま彼の答案を見ていて、間違いに気づいたらしく意気揚々と説明をしていた。私はそんな彼女の張り切る姿を隣で微笑みながら眺めていて、やっぱりこっちの方が似合ってるなと改めて思う。彼女の方がものを教えるのは上手かったりするし、見ている側がしょうにあっているとつくづく感じる。

「待たせたー!」

そんな感傷に浸っていたら突然入り口のベルを掻き消すほどの声が舞い込む。

「あ、瑞希。補習どうだった?」

「ぎりぎり。だけど無事終わったぜ」

急いできたのか汗をタオルで拭いて仰いでいる。そのまま彼の隣に座ろうとすると、

「おまえは呼んでない」

と若干非難を含んだ声で瑞希を牽制する。

「いや、俺は二人と待ち合わせたんだ。な?」

まさか補習が終わっても余る体力が瑞希にあると思っていなかったから誘ってもないし、こっちに振るなんて投げやりだ。

「まあまあ、もうすぐ勉強も終わろうって雰囲気だったし。それに瑞希もお昼まだでしょ?一緒に食べようよ」

「そうだな。マスター、オムライス一つ追加で」

まるで居酒屋のような呼び出しにマスターも思わず苦笑い。彼も席について水を一気に飲み干した。となりの彼は自分の水が飲まれた事に少し感情を乱している。

「俺、お前と友達になるの諦めるわ」

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