最初の一歩

どうということもなかった。そうなるんだろうなという予想はついていたから、これと言って驚くような程ではない。

「そんな事があったんだな。ごめん」

「いいや、謝らなくていい。これは俺が勝手に始めたことで意味なんか無いかもしれなからな」

「そんなことはないよ。きっと叶えられるさ」

俺はそんな言葉が聞きたかったんじゃない。慰めで、涙の演出をするな。そんな思いがふと湧いては消える。

「そういうことだ。俺はこれから勉強をしないといけない。じゃあな」

手を振って立ち去ろうとした時、俺の服の裾が握られた。

「待って。私にもそれ、手伝わせてくれない?」

「あっ、それいいじゃん」

「嫌だから俺は、」

「鈴蘭は、頭が良いんだよ。それも飛び抜けて」

「お前の苦手な場所なら、教えられるかもしれないぞ?」

そんなものはいらない、と手を振り払おうとするが離れない。

「君の苦手な教科は?」

「.........数学」

「良かった。私、数学が得意なの」

安堵の表情をしたかと思うと、柔和な笑みを浮かべていた。一瞬その光景に目を丸くして固まる。上を向いて顔を見せまいとすると、昇った日が目に入った。

「分かったよ。だから、その手を離してくれ」

言われて気づいたのか、ハッとした表情で握った手をパッと離す。青春の香りがして、咄嗟に席を立つ。

「じゃあ、テストが終わったらまたな」

「……ああ」

渋々ながらも納得して再びランニングを始める。夏の日差しが、額の汗を静かに垂らしていく。慣れない女子の温もりは汗と一緒に流されていった。

「友達、か」

小学生以来作ってこなかったその懐かしい響きが、俺の贖罪を薄らげようとしているのを

感じた。


後日、テストが返却されてきた。千紗は何とか全部のテストをギリギリ赤点回避に成功したけど瑞希は英語がダメだった。

「だからあれほど言ったのに。ここは絶対出るって鈴蘭が言ってたじゃん」

「だってさぁ、時間がなかったんだよ〜」

呆れる千紗に項垂れる瑞希。私は2人に挟まれて机に座っている。テストの解答用紙は裏返して佇むだけ。2人の話を聞いている方が、テストの点数なんかよりよっぽど楽しい。

「まぁ今回は先生が意地悪だったよ。熟語表現が多い場所の訳取りだったもん」

「だよなー、じゃあなんでコイツが点取れてるんだよー」

「なっ!?失礼な!私だって土日一生懸命勉強してたんだよ。それより鈴蘭と勉強してる時途中で寝たお前が悪い!」

黒板には、赤点を取った者は土曜日に補講を行うと書かれた紙が貼ってある。

「じゃあ、広山くんとは私たちが先に会っておくからさ、瑞希は頑張って勉強してね」

鈴蘭なしでどうやって勉強するんだ!とボヤいているけど、もう既に約束はしてしまっている。そっちを反故にしてしまったらもう彼と友達になる機会はそうそう来ないかもしれない。これは、瑞希のためでもあるんだ。そう割り切って何とか彼のお願いを断った。

「じゃあ、明日の1時からな」

携帯を開くと、タイトルにそれだけ書かれていて、本文には「数学のテストの問題と答案持ってこい」と書いてある。

後ろから覗いた千紗が

「やっぱりまだ信用してないみたいだね。でも、これを見たらアイツもきっと納得するから大丈夫だって」

そう言って私の裏返しになった答案を見る。そこには誤答の印はどこにも無い。私はみんなの前でそれを見せられるのが、少し恥ずかしかった。

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