幼き日
俺がまだあいつと仲良く遊んでいられた日。忘れもしない3年前、田んぼでザリガニを取ったり畝で鬼ごっこをしたりしていた僕らは何を思ったのか山でこっそり遊ぼうと親に内緒で行くことにした。最初は多分暑くなり始めた季節だから日陰で遊びたいみたいな気分だったんだと思う。
農作業のために家が留守になる時間帯を図って僕らは田んぼの一本道を自転車で突っ切っていった。
右も左も草みたいな稲が生えるその道で唯一見えるのは、正面遠くに見える大きな山。そこ目掛けてみんなで競走していた気がする。
「おい大翔、はやくしろよ置いてくぞ〜」
そういえば、みんな名前呼びだったな。彼が俺を名前呼びしていたのも頷ける。
着いた山は登る人のために石で階段が設けられていた。自転車を停めると真っ先に走っていったのが親友だった健人、やんちゃなやつだ。遅れて俺達も追いかける。山は草木が生い茂っていて石段の道以外からはカサカサと草の動く音や、鳥のさえずりが響いている。
「頂上まで競走だ!」
みんなで必死に走った。虫網を持っていた俺だけがみんなに差をつけられていって彼らの背中から離れまいと無我夢中だった気がする。やっとの思いで追いついた頃には、もうみんな頂上にたどり着いていた。
「お前、ビリだから今度ジュースな」
「くっそ〜、虫取り網が無かったら勝てたのに」
そんなたわいもない子供同士の約束。ここで帰っていればただの思い出話になったのに。
「おいあれ、なんだ?」
健人が向く方向には、蔦でおおわれたお社が雨風に晒されてもどうにか原型を保っていた。だが子供にそんなものは分からない。みんなが注目したのは、その後ろにある景色だった。山々が連なって緑だけが生い茂る景色は子供の時の自分ですら感動したのを今でも覚えている。
「すげ〜」
誰もが感嘆の声を上げて、その景色に目が釘付けになっていた。だからこそ、気づかなかった。地震が起きたのはその時だった。一瞬にして身体の自由が効かなくなる。
「うわっ」
一瞬。目を閉じて開ける、たったその1秒にも満たない時間で僕の目から健人は消えた。
たった1分にも満たないその衝撃は、体感で何分にも感じられた。収まった頃には、健人の声はもう聞こえなかった。
その場に残された人ができたのは、立ちすくむか、逃げるか、泣くか。それくらいだった。
やがて「バスッ」という草にかかる音がして、鈍い音が鳴る。ハッとした時に僕は慌てて下を覗き込んだ。健人の姿があった。何m下か分からないけどそこにはちゃんと健人がいた。周りを見渡すと、崖下に降りる階段は用意されていた。それが九死に一生を得た。
「健人!健人!」
溢れた涙が零れたまま、階段を一心不乱に降りる。何度も転びそうになりながらも、それでも走った。涙で曇っても健人の血塗れの顔だけは曇っていなかった。
そして、下までついて健人を抱き寄せる。必死に揺さぶって声をかけても返事がない。ドラマの見よう見まねで心拍を測ると、波打っていた。それだけでまた涙が溢れる。
「うわぁ〜〜!」
それでも健人は目覚めない。遅れてやってきた友達と頂上まで運んで、一人の友達が急いで親に健人のことを伝えに行った。
そこから先のことはあまり覚えていない。ただ、俺は泣きながら健人の親と救急車に乗って肩を撫でられながら無事をただただ祈っていた気がする。
今でも月に1回、俺は健人の見舞いに行く。引越したせいで電車で何時間もかかる場所になったけど、欠かさず通っている。
あれから5年経ったが、目覚める予兆はない。健人の親に会う度に俺は謝り続けている。俺がちゃんと見ていたら、そうしていればと。
そして無理言って俺は両親に頼んで祖父母の家に住まわせてもらうことにした。新しい場所でこっそりと勉強を始めるために。
俺は医者になってあいつを助ける方法を見つける。あの日から誓った約束、それを絶対に叶えてみせる。親にはバレないように野球は続けてるがあんなのどうでもいい。
あいつさえ助けられるなら。
ーーー目を開ける。
「俺は、お前の力になれないのか?」
その表情は、本当に友達を心配するかのようで、まだ会って2回目だと言うのにそんな顔をできるのが純粋に不思議だった。
「覚悟があるなら、話してやるよ」
「多少のことじゃあ俺は驚かないぞ」
俺はやがてゆっくりと口を開いた。
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