野球部の噂
案の定電車に遅れたふたりは、一限目に間に合うことは無かった。運の悪いことに、今日の一限は怒ると怖いで有名な古文の先生だった。
左後ろの角の席は、左利きである先生が板書をする際の死角になるのでこっそりと携帯のバナーを見ると、サボるとだけLINEが来ている。彼は一度怒ったら手当たり次第に起こり始めるので暗黙の了解で彼の授業は出るか来ないかという二択になっていた。
一限目の休み時間、彼が教室を去るのと同時に二人は教室へ入ってきた。
「おはよう」
二人は何人かのクラスメイトと挨拶を済ませると、荷物を教科書を机の中に入れて私の席へやってくる。
「おはよう」
「お前も待ってくれれば良かったのに」
「そうだよ。もうこれで3連続古文サボってるのに。次出席したら絶対当てられるもん。嫌だな〜」
嫌だと言いつつ呑気にしているのが千紗らしい。瑞希はシャツをパタパタと仰いでいるが7月までクーラーを入れないというなんとも公立高校らしい言い訳で、教室の中の湿気がとんでもないことになっている。かく言う私も時折タオルで汗を拭かないといけないくらいには暑い。
「まぁそんなことは置いといてさ。俺、昨日野球部の友達から聞いたんだけど隣の高校と昨日練習試合したんだってさ。それで新しく引っ越してきたっていうヤツにボコボコにされたんだと。この転校生ってアイツの事じゃないか?」
「確かにそれっぽいね。それで、名前は?」
「広川大翔って言うらしい」
ちょうど瑞希が噂の彼の名前を口にした瞬間、チャイムが鳴った。
授業中、私は彼の事が頭の隅にずっとあって全然集中出来なかった。特に苦手な数学だったのが余計に頭を悩ませた。
55分の授業がとても長く感じる。いつまで経っても中学校の時間配分で授業が終わった気になって損をする。
「じゃあ、問3から問6までが宿題ね」
そう言ってやっとのこと授業から開放された。周りからもふぅーという声が聞こえてくる。
「腹減ったー」
くたーっと私の机に突っ伏す瑞希。朝の晴れ空はどこへ行ったのか、いつもの梅雨空に舞い戻っている。
「おーい瑞希。あのさー.........」
呼ばれて彼はじゃあまた後でといって、私のもとを去る。千紗も誰かと駄弁っているみたいだ。私はいつものようにただ窓から吹く不快な風を紛らわすように、本を読む。
放課後、ただでさえ本数の少ない列車なのに遅延が発生したことで着いたのは7時を回った頃だった。さすが夏と言ったところか、日はまだ沈んでいなくて夕焼けが海を照らしている。そしてちょうどやって来た電車が過ぎ去ると、そこには例の彼が立っていた。
「あれって」
「おーい。ちょっとそっち行くから待ってて」
友達みたいな口調で瑞希は彼の足を止める。彼はと言えばなんで呼ばれたのか理解出来ずに完全に頭に疑問符が浮かんでいる。
「とりあえず私達も行こ」
千紗に言われて、高架橋を渡る。彼はと言えば待っている間英語の単語帳を開いて勉強に勤しんでいた。
「なに?」
突然呼ばれて不機嫌なのか、彼の目は鋭く瑞希の方に向いている。
「あー、お前って大翔って言うんだってな」
「それが?」
「友達にならないか?」
「なんだそんなことか」
そういうと彼は立ち上がって鞄に単語帳をしまう。瑞希はと言えばわかって貰えたのかと、嬉しそうな顔で右手を出している。
「よろしく」
瑞希の右手に、彼の手が重なることは無い。私たちの隣を通り過ぎて、高架橋前で振り向く。
「俺は、そんな友達ごっこをする暇なんてない」
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