第3話 大切な時間
「姉ちゃんはやっぱりすごいよな」
「急にどうしたの?」
午前中に仕事は終わってしまい特にやることもない穏やかな午後の時間。
ミリディアナはジルと一緒にボードゲームに興じていた。
庭にある石を机とし、背の低い青草の上に座っていた。
ボードは滑らかな正方形の木に線をひいたもので盤面には木製の彫刻ともいえる駒が並んでいる。
駒の取り合いをする遊びであり最終的に多くの駒を残したプレイヤーが勝者となる。
「力仕事は男の仕事だってベルマさんが言ってたんだ。それなのに姉さんったら薪とか水とか一人でも運んじゃうし」
「あー、うん成長期……なのかな?」
ディアナは曖昧な返事をした。
それは、ジルだけが感じていたことでは彼女自身も感じていた事実であったからだ。なく
畑を耕せば二時間かかる作業を一時間で終わらせる。休むこともなく無限に動くことができた。
これには彼女も戸惑っていた。仕事をする上で早く終わらせることができるのは彼女としても願っていたことで喜ばしいことだったがこの変化に対しては戸惑いが大きかった。
この変化に気がついたのは不思議な夢を見た翌日であり、あれが原因だろうと彼女も思ってはいたが、「このことだったのか」と割り切れる性格はしていなかった。
「姉さんくらいになってもまだ成長期なのか。」
駒がコトンと音を立てながら盤上を移動する。
「俺さ、最近の姉さんが心配なんだ。昼間は畑、夜は裁縫で仕事続き、いつか倒れちゃうんじゃないかって」
「……。」
「だから、俺をもっと頼ってくれないか?」
子供だからこそ話せる素直でまっすぐな言葉だった。
ジルはミリディアナが一人でなんでもやろうとするのは自分が頼りにならないからだと感じていた。仕事のペースを考えてもジルに比べてミリディアナの方が何倍も早い。それは彼にとって屈辱だったのかもしれない。
ミリディアナからしてみればできることをみんなのためにできる限りやっていたに過ぎずジルがそう思っていることは想像もしなかった。
「頼ってるよ、ジルが思っているよりも。」
「でも、」
ジルは納得できない様子で、しかし繋ぐ言葉はなかった。
育児院で何度もお姉さんをやっていたミリディアナは気持ちの起伏に敏感だった。
そういうときはなにもできなくてもなにか言ってやりたくなった。
「ベルマさんを見てればわかるよ、大人の男の人ってすっごく力があるんだよ。きっと、ジルも将来そうなるんだろうなって思うんだ。」
ジルは黙ってそれを聞いていた。 一息つくように駒を動かす。
「いつかは私よりも力が強くなって背も追い越しちゃうんだろうなって、だから私、そのときを楽しみにしてるね。」
そう聞くとジルはとてもうれしそうな顔をした。
「姉さん、俺がんばるから。頼れる男になるから。待っててくれよな。」
「ふふっ、ちょっとかっこつけすぎかも」
私はジルの頭をそっと撫でた。
しかし、その手は弾かれ、ジルは飛び退いた。
ディアナはとても驚いたがすぐにジルが恥ずかしかったのだと理解した。
「俺が言いたいのはそんだけだから、あと子供扱いすんな!」
釣れない返事をし、そっぽを向いたジルだったがその耳は紅く染まっていた。
素直じゃないのは変わっていないかも、とミリディアナは育児院に来たばかりのジルのことを思い出して苦笑いした。
こんなふうに一緒に過ごしているといろんなことがわかってくる。それはとてもいいことだとディアナは思う。知れば知るほど繋がりを感じられるのだから
ジルだけではない、ほかのみんなにだって言えることだ。
ここは育児院という場所で里親が見つかれば別れることになることを彼女はわかっている。
それだけの付き合いだと思う人もいるかも知れないが彼女はこの時間、繋がりをたいせつにしていきたいと思っている。
できることならこの時間がずっと続いてくれればと思う。でも、それはきっと彼らの幸せを望めば不誠実な願いだ。
――――でも、今だけは……。
その後は笑いあいながらゲームの続きをした。
ジルが何度、「待った」をかけたかわからないが今回もミリディアナの勝ちだった。
「負けた、今日も勝てなかった。」
「やってる年数が違うんだよ、年数が」
得意げに鼻を鳴らすディアナに対して悔しそうにするジルという構図が出来上がる。
「そういや今日は姉ちゃんの記念日だったよな。欲しいものとかあるか?」
「そうだね。」と頷く。
あるとき誰かが言った。
『ディアナへのお礼がしたい。』そんな一言から始まった日である。
彼女も育児院で暮らしている孤児の一人であるが最古参であり周りとの年齢も離れているがゆえにいつしか『お姉ちゃん』と親しまれていた。
小さい子からしてみればベルマと同じく経営側の一人に見えたのだろう。
彼女は少し考える素振りを見せ提案する。
「あれ、かな?ほら前にみんなで食べたパイ。あれがいいな」
「アレ。うまかったよな。ひとつをみんなで切り分けてさ、お前のほうが大きいとか自分の方が小さいとか言いあったりしてさ……なんだかんだ、あれから随分経つよな?」
しみじみとジルはそう話す。そう話す姿はどこか年寄り臭く、不釣り合いでディアナは笑った。
「あの頃のジルは今よりもやんちゃ?だったよね。」
「そ、それは言うなよ。あの時はその……。」
失言に気づき彼の頭をそっと撫でた。
ジルは機敏に飛びのく。ディアナは驚いたが、すぐにそれが恥ずかしさからくるものわかった。
「とにかくパイは作るよ。せっかくだから去年と同じにしよう、うん。どうかな?」
早口で話すジルの耳はほんのりと染まっている。
ディアナはそれがおかしくてかわいくて、「そうだね。」と言った。
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