21話 『しゃ』の多いホール担当はクビになる

「いらっしゃっしゃいませー。ご注文お決まりになりましたら、テーブルのボタンを押してくださーい」


 赤いネクタイが印象的なウェイトレスさんは、六時間前に沈んだ太陽の代役を買って出るような笑顔で僕達をテーブルに導いた。

深夜のファミリーレストランは周りに大学と畑と雑木林しかない立地にも関わらず十組の客でテーブルが埋まっていた。

「時間もないし飲み物だけにしときましょうか?」

「今日はもう奢ってあげないからね」

 メニューの上から目だけを出して多喜さんがこっちを睨んでくる。

「だから別にいいですって、奢ってもらわなくても」

毎日毎日、よくお金がもつもんだ。


鐘突き堂で予言を受け取った後は、駅前のファミレスで休憩を兼ねつつ作戦会議をする流れが確立されつつある。降りてきたばかりの予言を素早く確認し、早急に処理すべき案件とそうでない案件を選り分けるのだ。

お互い終電は十二時なので早速仕分けに取り掛かりたいのだけれど、

「今日、泣いたこと誰かに言ったら許さないからね」

多喜たきさんは三十分前のドッキリをまだ根に持っているらしい。


「言いませんよ」

「絶対だよ。言ったら殺しまくるよ。予言の力を駆使して」

こっわ。

何をどう駆使するのかまったく見当がつかないけれど、多喜さんの本気度だけは伝わってくる。

「言いませんって、絶対。絶対言いません」

「ホントに?」

「ほんとに」

「ならよし! ご褒美にパフェを奢ってあげようね」

「どんだけ奢るの好きなんですか。もういいから早く確認してくださいよ」

テーブルの上に無造作に放り出された水色のノートをすいっと多喜さんの方に滑らせた。


予言ノートは、まず始めに多喜さんが一人で確認するのが僕達のルールだ。無意識にヤバいことを書き殴っていないかチェックするらしい。

もしあれば黒ペンで塗り潰してしまうのだが………ヤバいことってなんだろう。

「色々あるのよ、女の子は。よし、大丈夫。じゃあ、二人で見ていこ」

 ズバッとノートをテーブルの上に広げる多喜さん。何度見ても眩暈を催す文字列だ。

「今日の予言はここからだね。この『ああああああ』って書いてるところから」

「なんか雑に始めたゲームの勇者みたいですね」


 多喜さんの予言ノートは埋まり具合の割に、まともに読める部分がかなり少ない。

ただの平仮名の羅列だったり、文字ですらない曲線だったりの間にぽつぽつと解読できる日本語が混じってくる。

その予言の詳細さもかなり幅があり、日時・場所・固有名詞が明記される場合もあれば、『あの人がすごい』とだけ記されることもある。

まるで規則性が見えてこないが強いてあげるとすれば、

「……多喜さんの予言って海外のことは書かれたりしないんですね」

「海外? そういえばないね。北海道もないし、九州のことも見たことないし。ほとんど関東圏のことばっかだね」


 それどころか鐘突き堂から見下ろせる範囲ばかりのような気がする。すべて多喜さんの手が届く範囲ばかり。

「よし、今回は大きな予言はないみたいだね。よかったよかった」

「そうですか。誰か知ってる人の名前はありました?」

「うーん、海堂かいどうくんの知ってる人はいないかな。わたしの知ってる人なら――ほら、あそこの人」

 いるんかい、ここに。

多喜さんがメニューに隠して指を差したのは、


「いらっしゃしゃいませー」 


 深夜の沈まぬ太陽こと笑顔の素敵ウェイトレスさん。


「え、多喜さんあの人知ってるんですか?」

「ううん、知らない。でも心の中で『しゃっしゃちゃん』て呼んでる。『いらっしゃいませ』の『しゃ』が多いから」

 それは気になっていたけれども。

「ちなみに予言はここね」

 多喜さんは人差し指を翻してノートに立てた。


『悪いな しゃっしゃちゃん悪い しゃっしゃちゃん悪いな お店でネコババするのは悪いな 止められないのかな 悪いな 泣いてる人がいるよ 悪い悪い』


「………なるほど」


こういうパターンもあるのか……。

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