エピローグ


 長時間移動しながらディメンジョンを発動させ続けていると、自然回復する魔力量でギリギリといった状態だった。


 そのため行きとは違い、帰りはロデオとマーロンに戦闘を任せきりで、ヘルベルトは魔力球の維持をしながら、アシタバからどっさりと買い込んだ魔力ポーションをがぶ飲みし、魔力の使いすぎに備えて進んでいった。


 道中何度もトイレ休憩を挟みながらも、ヘルベルト達にできる全力で使って急ぐ。


 スピネルまで『土塊薬』を持ち帰った時には、ケビンが『カンパネラの息吹』を発症してから三週間近い期間が経過していた。


 ヘルベルトは今まで溜めてきた魔力を解放しながら、アクセラレートを使いながらケビンが寝ている屋敷へ駆ける。

 そこにいたのは――。


「ヘ、ヘルベルト様……?」


 辛うじて意識を保っている、ケビンだった。

 『カンパネラの息吹』は、発症者に『土塊薬』を飲み込ませることができなくなる時点で助かる見込みがなくなる。


 自分の力で嚥下ができる今であれば、幾多の困難を乗り越えて作り上げた『土塊薬』を飲んでもらうことができるはずだった。


「爺、俺を信じろ! 何も言わずに、これを飲め!」


 ヘルベルトの言葉に、ケビンは疑義を挟まない。

 彼は言われるがまま、ヘルベルトがディメンジョンから取り出した『土塊薬』を喉に通す。 そしてケビンがどうなったかというと……。












「私は……幸せにございますっ! ヘルベルト様のお手を煩わせてしまい申し訳ございません。ですが嬉しくて、嬉しくてたまらないのです!」

「おいおい爺、そんなに興奮して、また倒れられては困るぞ。爺にはまだまだ、俺の側にいてもらわねば困る」

「――不肖ケビン、死ぬまでヘルベルト様のお側に居させていただきます。返品は利きませんので、どうかお覚悟を!」


 ――完全に元気を取り戻していた。

 嬉しくて号泣しているケビンの背中をさすってやると、何故か更に激しく泣き出してしまう。


 どうすればいいのかわからず、とりあえず安静にしていろと言うと、ケビンは大人しくベッドに横になってくれた。


「ふふふ……」


 泣いたり笑ったりキリッとしたり、百面相な様子のケビンを見て、大丈夫だろうかと割と真剣に心配になってくるヘルベルト。


 けれどとりあえず元気が戻ったのは間違いない。

 なんにせよ間に合って良かったと、ケビンに釣られて彼も笑った。


 マーロンとロデオとは、既に別行動を取っている。


 きっと今頃マーロンは無理して帰ってきた疲労を癒やすために死んだように眠っていて、ロデオはケビンに会いたい気持ちをグッと堪えて、マキシムへと今回の一件についての説明をしているはずだ。


(なんにせよ……これで一段落、だな……)


 ここに至るまでの、未来からの手紙をもらってからの数ヶ月間は、激動の連続だった。


 必死になってあがいてきた自分の思い出が、まるで走馬灯のようにヘルベルトの脳裏に蘇ってくる。



 決闘の前日に手紙をもらい、時空魔法の特訓をしてなんとかマーロンに勝利した。


 やり直し係を命じた彼と、共に稽古をするうちに仲良くなり、今では唯一と言える男友達だ。


 他の人に頼みづらいことであっても、マーロンには問題なく伝えることができる。


 『混沌のフリューゲル』で共に戦った時のことを、ヘルベルトは生涯忘れることはないだろう。


 ロデオに認めてもらうことで、自分を見限っていたマキシムと話す機会を得ることができた。


 そしてヨハンナも含めて仲直りをし、毎日とはいかずとも定期的に食事を共にする頻度も増えてきている。


 恐らくそう遠くないうちに、もっとしっかりとした話ができるようになると思う。



 マーロンとマキシムのおかげで、ネルと話す機会を得ることができた。

 その結果は上々とは言えなかったが……ヘルベルトは闘技場を使っていると、時折かつて慣れ親しんでいた視線を感じることがある。


 その正体に、見当はついている。

 未だ状況はそれほど好転はしていないけれど……こちらもそれほど、心配はしていなかった。


 ネルから完全な拒絶の意思表示を受けたわけではない。

 無理がない範囲で、自分たちのペースで進めればそれでいいと、ヘルベルトは思っていた。


 そして――未来の情報を頼りに、ケビンを助けることができた。

 死という明確な結果を、ヘルベルトは変えることができたのだ。


 自分が変わったからこそ、他人の運命を変えることができた。

 今のヘルベルトにとって、ケビンを治せたことは誇りだった。


 一度できたのだから、次もできるはず。

 いやそれどころか、今よりももっともっと上手くやることだってできるはずだ。


 自分がしてきたことが自信に繋がってゆく。

 ただ自信はあっても、そこに傲りはない。

 傲っているだけでは失うものが沢山あることを、未来の自分が教えてくれたから。


 よりよい結果を目指すために、頑張っていこう。

 ヘルベルトは元気になってくれたケビンを見て、改めてそう思い直した。


「爺」

「なんでしょう、ヘルベルト様」

「――俺はやる、やってみせる。今までの分を取り返すだけじゃ全然足りない。俺はこの世界に、ヘルベルト・フォン・ウンルーの名を轟かせてみせるぞ」

「いつまでもお供致します、ヘルベルト様」


 痩せ始めてはいるものの、未だ太ましいヘルベルトは笑う。

 彼のやり直し人生は、まだ始まったばかり――。

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豚貴族は未来を切り開くようです ~二十年後の自分からの手紙が全てを教えてくれました。どうやら俺はこのままでは婚約破棄され、廃嫡され、完全に人生が詰むようです。なので必死にあがいてみようと思います~ しんこせい(5月は2冊刊行!) @shinnko

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