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 魔人とは、簡単に言えば魔物の特徴を持つ人のことである。


 獣の特徴である耳や高い身体能力を持つ人は、獣人と呼ばれる。

 それの魔物版であると考えるとわかりやすいだろう。


 だが魔人は、魔物の持つ強力な能力や魔力攻撃だけではなく、その生来の残虐さまでを持ってしまっていた。

 そのせいで人と魔人はかつて戦争を行い……数に勝る人類が勝利した。


 そのため魔人は、人のことを憎んでいる。


『自分に降りかかる問題の対処が終わったら、すぐに魔人の問題に取りかかれ』


 未来のヘルベルトが残した、これからすべきことに関するメッセージは、どれも魔人が関わっているものばかりであった。


 魔人は人類の敵だ。

 そして向こうもまた、同じような考えを抱いている。


 両者が遭遇すれば始まるのは――命をかけた、殺し合いだ。






「ううむ、私は純粋な戦闘型じゃないんですがね……あ、ちなみに私は魔人イグノア。戦うときには名乗りを上げるのが私の流儀なのです」


 透明な魔人はスウッと景色に溶け込んでいく。

 見えないわけではないが、とにかく視認がしづらい。


 この『混沌のフリューゲル』自体が薄暗い森であることも重なり、ヘルベルト達には相手の魔人を目視することが非常に難しくなっていた。


「ファイアアロー!」


 ヘルベルトは先手必勝とばかりに、消えようとする魔人の位置へファイアアローを叩き込む。


「おおっと!」


 だが魔人はそれをひらりと軽く躱してみせた。

 まだ距離自体はかなり離れているが……初級火魔法程度では当たらない。


 当てようとするのなら、アクセラレートで魔法の速度を上げる必要があるだろう。


(だがあの魔人……激しく動くと、透度が下がるのか)


 ファイアアローを避けてからの数秒間、その姿が明らかになったのを、ヘルベルトは見逃さなかった。

 その体色は、使っている剣と同じく緑色。


 カナブンをそのまま擬人化させたような見た目をしており、剣を握る手にはガントレットのような何かが付いていた。


 全身は甲殻で覆われており、自然の鎧を身に纏っている。


 身体的特徴から考えると、あの魔人は昆虫系の魔物の力を持っていると考えた方が良さそうだ。


 とりあえず透明になる力を持っていて、激しく動くとその偽装が解けるという情報だけは頭に入れておく。


 マーロンはヘルベルトが魔法を放っている間に、接近。


 先ほどよりわずかに見やすくなっている魔人に対し突っ込んでいく。


「はああああっ!」

「おおっと、これはなかなか」


 マーロンの攻撃を、魔人は容易く受け止める。

 まだ成人していないマーロンでは、さすがに魔人と力比べをすると分が悪い。


 それはヘルベルトも同じはずであり、なんとかして魔法でケリをつける必要がありそうだった。


 光魔法には、魔物に対して四属性よりも強い効力を発揮させる、魔物特攻とでも呼ぶべき特殊な効果がある。


 今回の戦いの鍵は、マーロンの光魔法とヘルベルトの時空魔法を、いかに使いこなすかという部分が関わってきそうであった。


(ロデオは時間を稼げと言っていたよな……たしかにこちらの魔人よりも、あっちの奴の方がゴリゴリの戦闘タイプっぽかった。加勢は無理としても、なんとかしてこいつだけでも仕留めておきたいところだな)


 ロデオの様子が気になるところだったが、さすがに目の前にいる魔人から意識を逸らすことはできない。


 こいつは絶対に、目を離してはいけないタイプの敵だ。


 魔人と相対したことがないヘルベルトであっても、それは理解ができた。


 ヘルベルトはディメンジョンを解除し、採取した『石根』を地面に放った。

 魔力の無駄遣いは避けなければならない。


 ヘルベルトの時空魔法は、一度見られればタネが割れやすい魔法だ。


 決めるのであれば一発で決めたいところだが、三倍速の振り下ろしだけで魔人を倒せるかどうかは微妙なところだ。


(さて、どうする。どうすればいい――)

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