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「ぬぅんっ!」

「ガガッ!」


 激突。

 ロデオの持つミスリルソードと、魔人の持つ黒光りした大剣がぶつかり合う。


 ロデオの剣は両手持ちではあるが、鞘にしまい携行できるサイズ。

 対して魔人の大剣は、ロデオの背丈ほどの長さがある。


 相手の適性距離からまともに打ち合っていては、力と得物の差で負ける。

 そのためロデオは常に距離を詰め続けていた。


 大剣は威力には秀でていても、とにかく取り回しが悪い。


 振るだけの余裕を与えぬよう小技や突きを繰り返し、とにかく相手に思い通りの動きをさせないように剣を振るう。


 ロデオの思惑はハマり、魔人は顔を歪めながら、大剣の腹を使って防御に徹する他はない状態だった。


 突きを放てば、魔人がそれを身体をねじって避ける。

 そうすれば剣を引き、今度は更に鋭い突きを放つ。

 それを相手がまた避け、更により鋭く……。


 ロデオは詰め将棋のように相手の逃げ場を無くしていき、選択肢を奪いながら戦い続けていた。


「があっ!!」


 魔人が自分の領域に持ち込もうと、防御から攻勢に転じる。

 自らの身体に傷が付くことを気にせず、強引な横薙ぎでスペースを空けにきた。


 しゃがんでも避けられない、いやらしい位置だ。

 ロデオは舌打ちをしてから大きく後退、両者の距離が二メートルほどにまで離れる。


 ジュウウゥと肉が焼けるような音が聞こえてくる。

 ロデオが真っ直ぐ見つめている、その視線の先。


 ――ロデオが傷を付けた創傷が、既に塞がり始めていた。

 まるで焼きごてを当てるかのように赤く光っためくれた皮膚が、徐々に元に戻っていく。

 そこには治癒魔法とは違う、ある種の気持ち悪さがあった。


 魔物には高い再生能力を持つものがいる。

 どうやら目の前にいる魔人は、そういった魔物の特徴を色濃く継いでいるようだ。


(決めるなら一撃、小手先の攻撃は無意味。多少の傷なら気にしなくてもいい再生能力と、一撃を当てれば大ダメージを与えられる大剣の組み合わせか……なるほど、厄介だな)


 若い頃ならばできたかもしれないが、再生能力を超えるだけの速度で連撃を放ち続けることは不可能。


 ロデオが相手を倒すためには、致命傷となる一撃をしっかりと叩き込む必要があった。


 心臓は狙いが外れた時のことを考えればリスキー、だとすればやはり狙うのは首だろう。


 頭の中を整理しながら、息を整える。

 彼が呼吸を戻すのと、魔人の傷が塞がるタイミングはほとんど同じだった。


「お前、人間のクセになかなかやるナ。俺、魔人のディズレーリ。強いのと戦えるのは嬉しいぞ」

「公爵家筆頭武官ロデオだ。魔人よ、悠長にしていていいのか? 若達に加勢してもらい三対一となれば、さすがのお前も分が悪いだろう」

「カカカッ、その言葉、そっくりお前に返すゾ。あんなガキ共に、魔人イグノアが負けるはずがないからナ。そうなりゃくたばるのはお前の方サ」

「ふ、ふふふ……ハッハッハッハッ!」

「……いったい何がおかしい? あんなオークと賢しらなガキに負けるほど魔人は弱くナイ」


 表情こそ変わらないが、魔人ディズレーリは笑われて明らかに機嫌が悪くなっていた。

 なるほど、魔人にも情緒はあるのかとまた新しい発見をしながら、ロデオは笑う。


 笑ってしまったのは、別に挑発しようという目的からではない。

 ただ相手のその見通しの悪さ、先見の明のなさがおかしくてしかたなかったからだ。


 たしかに自分も一度、ヘルベルトを見限った。

 そしてヘルベルトも一度、道を踏み外した。


 けれど今では、二人はまた同じ道を、軌を一にして歩んでいる。

 ヘルベルトがどれだけ頑張っているかを、ロデオは誰よりも知っているのだ。


 たしかに未だ、見た目はただの太った子供。

 魔人達に、その真価を知ることができるはずもない。


(若は、リンドナー第二の賢者となるお方だ)


 と自分の思いを口にすることはせず、黙ってチャキリと剣を構える。


 ロデオは不敵に笑いながら、急がねばと思いスッと目を細めた。


 ヘルベルトとマーロンには時間稼ぎをしろと言ったが、実のところロデオは二人のことをまったく心配していない。


 急ぐのは、自分の方がヘルベルト達より倒すのが遅くては、剣の師匠としての沽券に関わるからだった。


 今の二人であれば、きっと……いや絶対に、魔人を倒すことができるはずだ。


「魔人程度でつまづいてもらっては困るのです」

「……なんだと?」

「お前らは通過点に過ぎんと言っているのだ……この下等生物が」


 今度の狙ってした挑発に、魔人の持つ角が二本ほどブルブルと揺れた。

 どうやら上手く、相手の怒髪天を衝けたようだ。


「ハッ、どちらが上か教えてやるよ……ニンゲン風情ガ!」


 ロデオとディズレーリが互いを目掛けて吶喊する。

 攻防は、その激しさを増していく――。

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