25
ヘルベルトが未来からの手紙で教わった『石根』に関する情報は、生えているおおまかな位置だけではない。
『石根』の採取ポイントにある一つの特徴についても教わっていた。
それが――。
「一気に瘴気が薄くなりましたな。恐らくはここがゴールと見ていいでしょう」
『石根』の生えている植生地の周辺では、瘴気が薄くなるという特徴だ。
なんでもこの『石根』には、瘴気を溜め込む性質があるらしい。
それならとヘルベルトは一つ疑問を覚えて調べてみたことがある。
『石根』を使えば、この世界から瘴気を減らすことができるのでは……と。
けれど生憎そう美味い話はない。
『石根』は一度採集すると、すぐに調合してしまわなければ、今まで吸った分に倍する瘴気を吐き出すという特徴を持っている。
だが吸い込む量に制限があるとはいえ、植生している地域では明らかに瘴気が薄くなる。
つまりはこの場所のどこかに――。
「お、あれじゃないか?」
マーロンの指さす先に、奇妙な色と形をした花が咲いていた。
花とは本来、媒介する虫達の目に留まるよう、派手な色合いや匂いを発することがほとんどだった。
見目麗しい物も多く、花のようななどと形容されることも多くある。
だがだとすれば、そこにある物を果たして花と呼んでいいのかは疑問であった。
目に映るのは、黒いまだらを散らしたような灰色の花弁。
それがみっちりと、気味が悪いほどに密生していて、その花の根が張っているはずの地面は真っ黒に染まっている。
おどろおどろしい見た目をしているそれは、しかし『石根』を持つ『石花』に間違いなかった。
「うん、あれだ。じゃあ早速採集をしよう」
三人は近付いていき、『石根』をしげしげと眺める。
そして観察を終えてから、ヘルベルトが一歩前に出た。
「えっとたしか……まずは花を切り捨てて、次に茎を握って根を引っ張り出す。最後に茎を切り落としてから、茎と根の継ぎ目の部分を強く縛ると」
間違いがないよう、マーロンとロデオに聞こえるように、自分が踏むべき行程を声に出す。
訂正がないということは、合っているということ。
ヘルベルトはナイフを取り出し、先ほど自分が言った通りの行程を行っていく。
マーロンも一緒に採集を始め、ロデオは周囲の警戒の役目を買ってくれる。
そして最後に持ってきていた紐で継ぎ目を縛ってから目を瞑った。
「ディメンジョン」
そして中級時空魔法、ディメンジョンを発動させ、『石根』を亜空間の中にしまう。
同じことをもう一度繰り返し、合わせて四つの『石根』を採集して、ヘルベルト達の採集ミッションは完了した。
立ち上がると、敵影を探しているロデオがちらとヘルベルト達の方を向き、頷く。
「さて、それではさっさと――伏せろっ!」
ヘルベルトは長いことロデオにしごかれており、マーロンは騎士見習いとして騎士団の訓練に参加していた経験がある。
二人はこの場における上位者であるロデオの言われたことに即応し、考えるよりも先にその身体を伏せた。
ギィンッ!
硬い物のぶつかり合う音が鼓膜を震わせた。
ヘルベルトとマーロンは、その場に留まるのは危険と判断し、即座に転がり、二回転ほど回ったところで立ち上がった。
彼らの視線の先には――宙に浮いている一本の剣と、何者かとつばぜり合いをしているロデオの姿があった。
敵の数は二。
一体はロデオと交戦中。
「ほう、俺と打ち合っても力負けせんカ」
その体躯は、黒と紫で彩られた不気味な色合いをしている。
側頭部からねじくれた角が十本近く生えており、食いしばっている歯は黒く、そして数が多い。
目の色は細く長い白で、瞳孔も虹彩もない。
眼球を構成する要素は、白目だけだった。
手に握っているのは、黒光りしている大剣。
その一撃を受けるロデオの顔が、歪んでいる。
ヘルベルトは、ロデオが純粋な力比べでここまで押されているのを見るのは初めてだった。
「んん……勘のいいお方がいるようでぇ」
そしてもう一体の方は、刺突を外し首を傾げている。
その身体は……透明だった。
しかし光の屈折の関係か、目を凝らせばわかる程度の違和感はある。
完全なまでの無色透明ではない、高度な迷彩と考えるのがいいだろう。
そいつが持っている得物は、緑色に光るレイピアだった。
そしてその剣の置かれた位置は、間違いなくマーロンの心臓にあたる場所だ。
もしロデオが教えてくれなければ、マーロンは今の一瞬で命を落としていただろう。
マーロンは自分が命の危機にあったことを直感し――震えるのではなく、剣を抜く。
ヘルベルトはその後ろで、即座に魔力球を形成した。
二人が戦闘態勢を整えていると、敵の姿がスウッと消えていく。
透明な相手から目を離さずにいる二人に、ロデオの叫び声が聞こえてくる。
「若、魔人です! こちらは私が処理しますので、とにかく時間を稼いで下さい!」
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