24
『混沌のフリューゲル』は入り口付近、中部、そして深部で異なる顔を見せている。
まず入り口付近では、残っている人工物に森が寄り添っていた。
そして中部では壊れている、あるいは壊れかけている人工物を魔物が利用していた。
そして深部では――。
(完全に人工物が壊れている……恐らくこのあたりは、深刻な魔物被害に遭ったのだろう)
深部においては、魔物が利用できるようなものが何一つ残っていなかった。
隣接している森林の影響を色濃く受けすぎているのだろう。
雨風に晒されすぎたせいか、民家だったものも風化しており、入ればすぐに倒壊しかねないほどボロボロだった。
そしてそれだけ魔物襲撃の影響を受けてきている場所だけあり、緊張感が今までとは違った。
ロデオの顔も引き締まっており、マーロンの方を見ても先ほどまでよりもずっと真剣な表情をしている。
かくいうヘルベルトも、ピリリと肌を刺す殺気のようなものを感じていた。
中部のあたりまでは、最初の奇襲や逃げてからの釣り戦法に面食らったものの、対処の仕方さえ覚えてしまえばそれほど問題にはならなかった。
けれど今、ヘルベルトはこれほどのプレッシャーを感じている。
なんというか……先ほどまでとは空気感が違うのだ。
恐らくは魔物の強さが、一段上がったということなのだろう。
「ふむ、瘴気が濃くなっておりますな。ここからが本番でしょう」
「瘴気……魔物が好む魔素を多く含む毒気ですね」
マーロンの囁き声に、ロデオが黙って頷く。
瘴気とは、魔物が好み、人間にとっては毒となる毒気のことだ。
強力な、あるいは大量の魔物が棲み着いた場合、その地域は瘴気に満ちていく。
瘴気は人間にとっては、微弱ながらも毒性がある。
体力を奪うというわけではなく、若干ながら魔法の威力が落ちるのだ。
そして対し、魔物は瘴気によってより活発化する。
瘴気が満ちる空間の中では、人は魔物に対して微かながらに不利という状態から戦闘を行わなければならないのだ。
「ブレイドナイトが居ります。数は二。一体は私が倒しますので、若達はもう一体を」
それだけ言うと、ロデオは駆けだした。
ヘルベルトはマーロンの方を向く。
マーロンも、ヘルベルトの方を向いていた。
互いに頷き合い、ロデオの後ろをついていく。
そして途中でヘルベルトは右へ、マーロンは左へ分かれた。
駆けるヘルベルトの目に映ったのは、Cランクの魔物であるブレイドナイトだ。
遠目で見たその姿は、甲冑を着ている騎士。
しかし近付いていけば行くほど、その異様さに気付く。
ブレイドナイトは、剣を持っていない。
正確な言い方をするのなら、腕そのものが剣になっているのだ。
甲冑の肩より下……本来ならガントレットと手のひら、そして剣と続くはずの部分が、全て剣になっている。
ブレイドナイトの肘から先が、そのまま一本の剣になっているのだ。
それが両手なので、剣は二本。
単純に手数は二倍であり、その膂力は人外のもの。
片方の剣と打ち合う際にも、こちらは両手持ちで対応する必要があるという、厄介な魔物だ。
ヘルベルトとマーロンが咄嗟に二手に分かれたのは、先ほどのロデオのやり方を真似るため。
ロデオに二匹の注意を向けさせた上で、ヘルベルトとマーロンが二人がかりで奇襲をする。
そしてそのまま近接戦に持ち込んで、一匹を相手取る。
咄嗟のアイコンタクトでそこまでの意思疎通ができるほど、二人の心は通じ合っていた。
「ぜあっ!」
ロデオはブレイドナイトのうちの一体の懐へと入り込み、一閃。
ブレイドナイトは両腕が剣になっており、片手で打ち合いができるほどに力も強い。
そのためまともに剣の適性距離では戦わず、接近して相手の動きを阻害しようとしているのだろう。
ロデオの放った一撃を、ブレイドナイトは両腕をクロスさせることで防いだ。
全身が金属でできているとはいえ、ある程度柔軟な動きも可能なようだ。
見ればロデオの攻撃を直接受けたブレイドナイトの右腕の剣が、明らかに欠けていた。
ロデオの得物はミスリル製で、ブレイドナイトの腕は鋼鉄程度の硬度。
けれど一撃でここまで差が付くのは、お互いの武器の違いだけではあるまい。
(負けてられないな……)
ロデオと戦っているやつの後ろに姿を隠しながら、もう一体のブレイドナイトはロデオに攻撃するタイミングを窺っていた。
その注意は完全にロデオに向いていて、こちらに気付いた様子はない。
自分達がされてきたからこそわかる。
奇襲というのは、決まれば実力差をひっくり返せるほどに強力な戦法だ。
見ればマーロンの方も攻撃の用意を整えていた。
彼もヘルベルトと同じで、今回は剣技で挑むようだ。
ブレイドナイトは、分類としては身体の内部に核(コア)を宿すゴーレム系の魔物である。
その甲冑の中身は空洞であり、鎧の胸部に位置している核と呼ばれる部位を壊すことによってその活動を止める。
そのためヘルベルト達が狙うのは、その核のみだ。
ヘルベルトがハンドサインで人差し指を立てる。
まずは自分から、という意味だ。
マーロンに見えたのを確認してから、足音を立てずに近付いていく。
二匹目のブレイドナイトが、かなりロデオに近付いている。
獲物が近くにいると感じているからか、勝利を確信しているからか、ブレイドナイトの注意は散漫だった。
ヘルベルトは大きく息を吸い込んでから――全力疾走を開始した。
両者の距離がぐんぐんと近付いていく。
毎日の特訓とランニングの効果で、ヘルベルトは一般的よりも少し遅いくらいにまで、走力を取り戻していた。
だがまだ肥満体型なのは変わらない。
ドスドスという大きな足音に、ブレイドナイトが勘付いた。
その時両者の距離は十歩ほど。
完璧な奇襲が無理でも、相手が完全に迎撃態勢を整えることができていなければ、それで構わなかった。
それを見込んだ上で自分が一番手を引き受けたのだから。
「はああああああっ!」
気付かずに接近することがかなわなかったと気付いた段階で、ヘルベルトは作戦を切り替える。
彼は全力疾走を続けながら、剣を構えて勢いを乗せて突きを放つ構えを見せた。
対するブレイドナイトの防御方法は――先ほどと同じく、両腕をクロスさせての防御。
ヘルベルトの突きと、ブレイドナイトの交差した剣がぶつかり合う。
火花が起こり、オレンジ色の光がパッと現れて、一瞬のうちに消えた。
身体を戻し、溜めを作る。
今度は踏ん張りを利かせ、回転させながら横振りの一撃。
ブレイドナイトはそれを今度は片手で受ける。
ヘルベルトの方が力が強かったため、完全には受けきれずよろめく。
けれどそれでも構わず、ブレイドナイトは空いている片手でヘルベルト目掛けて突きを放とうとし――。
パリンッ!
何かが割れるような音がしたかと思うと、その動きを止めた。
そして力を失い……バタリと倒れる。
その後ろには、剣を構えたまま立っているマーロンの姿がある。
まずはロデオに意識を向けさせ、ヘルベルトが奇襲をする。
ヘルベルトが今の状態で完全な奇襲を成功させることは厳しいため、当然ブレイドナイトはそれに気付く。
そしてヘルベルトに対応をしている最中に、本命であるマーロンが一撃で核を破壊する。
これが二人が一瞬のうちに組み上げた、戦闘プランだった。
マーロンが拳を掲げ、近付いてくる。
ヘルベルトはフッと笑い、そのまま互いの拳を軽く打ち合わせた。
「見事、では続きを急ぎましょう」
どうやら自分達も、存外やれるらしい。
気付けばブレイドナイトを倒していたロデオを追うヘルベルトの表情は、明るかった。
こうして彼らはとうとう『石根』の生えているという『混沌のフリューゲル』の最奥部へと辿り着くことに成功するのだった――。
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