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 『混沌のフリューゲル』は入る際にヘルベルトが言っていたように、正に混沌とした場所だった。


 雑踏のような場所が魔物に踏み荒らされていたり。

 扉が壊された民家が、蔦に絡まれながらもまだ倒れずにいたり。


 中には民家の中にゴブリンのような人型魔物が棲み着いていることすらあった。


 かつて畑だったのであろう畝が、毒々しい色に変わり。

 恐らくかつて人だったのだろう亡者達が、ゾンビやスケルトンへ形を変えて襲ってきたりもした。


 森から、人の居た痕跡から、あらゆる場所から魔物達が出現する。


 無常観の育ちそうな場所だ。

 不意打ちに警戒するために目を光らせながら、ヘルベルトはフリューゲル伯爵のことを思う。


 彼は自分が治めていた場所を、魔物達に奪われて死んだ。

 かわいそう……とは思うのだが、実はヘルベルトとしてもあまり他人事ではないのだ。

 

 未来からの手紙によれば、今後の二十年の間、魔物の活動は活発化していく。

 そしてその中で、人類の生存領域は着実に狭まっていくらしい。


 当然ウンルー公爵家にもその波は押し寄せてくる。

 未来のヘルベルトが強引に魔物の大軍を蹴散らさなければ、領地そのものがなくなっていた可能性もあると言っていた。

 例えば公爵領のうち、森林と接している辺境地帯などは、実際に失陥し、奪還する必要があったという。


 そちらに関する備えもしていく必要がある。

 マキシムやロデオと協議しながら、防衛のための作戦を練らなければならないだろう。




 一つの問題を解決したら、また新たな問題が。

 手紙を受け取ってからのヘルベルトの人生は、その繰り返しだ。


 今までは正直、気の休まる暇がなかった。

 けれどとりあえず今回ケビンを助けることができれば、一段落はつける。


 ここが正念場だった。

 ヘルベルトが一つもこぼさずに生きてゆくか、大切な物を失って生きてゆくか。


 ヘルベルトは自他共に認める、欲深い人間だ。

 いくら様変わりしたと言えど、彼の性根は変わらない。

 彼はあくまでも、ヘルベルト・フォン・ウンルーだった。


(全てだ……俺は全て、何一つとして取り落としはしない。俺に必要なもの、俺にとって大切なもの……全部まとめて、俺が守る)


 これからのことに思いを馳せながらも、彼の心はあくまでも冷静だった。


「シャアッ!」


 繁る森の中を歩いていると、樹上から声がする。

 首筋を狙おうという、ゴブリンソードマンの不意打ちだった。


 ゴブリンの上位種であるゴブリンソードマンのランクはD。

 この『混沌のフリューゲル』の中ではさして強い方ではない。


 だがだからこそ、魔物の方も攻撃方法を変えてくる。


 知恵が回るのか、それとも本能の赴くままに動いているのかは知らないが、ここにいる魔物達は奇襲や撤退をよく行ってくる。


 けれどヘルベルトはその奇襲を何度もくぐり抜けてきている。


 彼はアクセラレートは使わず、フンと鼻を鳴らしてから上体を大きく反り返らせる。


 ゴブリンソードマンの握っていた剣は空を切り、振り下ろした剣が地面に突き立つ寸前で止まった。


 奇襲をした魔物は、それを避けられると途端に隙だらけになる。

 ヘルベルトは相手に反撃の間を与えず、冷静に突きを放つ。

 頭部に突き刺さり、ゴブリンソードマンは断末魔をあげながら息絶えた。


 ヘルベルトが息を整えている間、その音に反応する魔物がいないか、ロデオとマーロンが周囲に目を光らせている。

 三人での連携も、徐々に形になってきつつあった。


「魔法なしでも、やれるようになってきましたな」

「俺も痩せてきているからな、徐々に身体のキレも戻ってきつつある」


 だいたいDランクまでの魔物であれば、魔法を使わずとも互角以上の勝負ができた。


 ただCランク魔物となると魔法を使わないと厳しいため、そういった強力な魔物達はロデオが一人で切り伏せるか、そのままやり過ごしている。


「このあたりからは魔物も強くなってくるはずです。二人はくれぐれも、私の側を離れませぬよう」


 ロデオの後ろにぴったりとつきながら、ヘルベルト達は進んでいく。


 そして特に苦戦をしたりすることもなく、『混沌のフリューゲル』の深部にまで辿り着くのだった――。

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