14


「さてロデオ、お前に一つ見てほしいものがあるのだ」

「おおっ、その自信満々な顔つき。もしかしてとうとうあれが使えるようになったのですか?」

「――ふふっ、そうか、わかってしまうか」


 父との和解をしてからしばらく。


 ヘルベルトはロデオとの純粋な剣術による鍛錬、魔法の使用を許可された総合戦闘訓練

、そして純粋な魔法の特訓というメニューを毎日こなし続けていた。


 父との和解によって辺境に飛ばされるという最大の危機を乗り越えることができた。


 そして母のヨハンナとも以前のような、なんの他愛もない会話ができるようになった。


 久しくしていなかった家族との触れ合いの効果もあってか、ヘルベルトの表情は日増しに

明るくなっている。


 今ではケビン以外の相手にも、機嫌がいい時はほがらかな表情を見せるようになっているのだ。


 つまり今日は、ヘルベルトはとても機嫌がいい。


 彼の気分を高揚させているのは……先日ようやく、かねてから練習してきた時空魔法の習得に成功したからである。


 彼は慣れた様子で、まず最初に魔力球を生成する。


 ディレイとアクセラレートのために使い続けているおかげで、今では球の生成をほとんどノータイムで行うことができた。


 ヘルベルトはそこに更に魔力を注ぎ込み……目を瞑って意識を集中させる。

 ディレイ、アクセラレートの二つは、時空魔法において時間系と呼ばれる、時間に干渉する魔法である。


 そしてここしばらくの間ヘルベルトが練習していたのは、時間系と対を成す空間系と呼ばれるタイプの魔法だった。


 彼が習得に成功した魔法は、その名を――。


「ディメンジョン!」


 中級時空魔法ディメンジョン。

 空間に干渉するこの魔法の発動を、ある程度の時間をかけながらも成功する。


 今ではまだ成功率が半分を切っている状態だが、なんとか上手く一発で発動させることができた。


 ヘルベルトは額に掻いている汗を拭うことも忘れて、ロデオの方に向き直る。


 けれどその反応は、彼が想定していたものとは違い……ひどく訝しげだった。


「若……いったいこの魔法は、どういう魔法なんです?」

「ああ、そうか。つい浮かれて、効果を説明することも忘れていた。これは中級時空魔法のディメンジョンと言ってだな。簡単に言えば、この魔力球の中を亜空間に変える魔法だ」

「亜、空間……?」

「たしかに難しい概念だよな。俺も理解できるようになるまでには、結構時間がかかった」


 ディメンジョンとは、簡単に言えば亜空間を生み出す魔法である。


 ではそもそも亜空間とは何を指しているか。

 亜という言葉からもわかる通り、亜空間とは空間に満たない、空間モドキのようなものだ。


 これを理解するためには、最初にディレイとアクセラレートを使いこなすために行っていた、空間把握能力が必要となってくる。


 簡単に言うと、このディメンジョンを使うと、魔力球そのものが周囲の空間から切り離されるのだ。


 ディメンジョンの効果が及んでいる魔力球の中は、空間ではない空間モドキである亜空間へと作り替えられるようになる。


 この物の考え方。

 空間を切り分け、時空魔法によって新たなる亜空間を造り出すという思考を理解するのに、ヘルベルトはかなりの時間がかかった。


 未来の自分から懇切丁寧に説明を受けていなければ、まず間違いなく理解することはできなかっただろう。


 二十年後の自分は、いったいどうやって独学でその領域にまでたどり着くことができたのか、不思議に思ってしまうほどだ。


 どちらかと言えば今回は、魔法発動までのプロセスというより、空間というものに関する理解の方に時間がかかったほどだ。


 なので実地での発動練習より、座学の割合の方がずっと高かった。


 ヘルベルトのテンションが高いのは、しんどい座学から解放されたという理由も大きい。


「はあ、なるほど、亜空間ですか……」


 魔力球の内部が亜空間になったから、いったいなんだというのか。


 ロデオの表情は、千の言葉よりも雄弁に、そう語っていた。


 チッチッチッ、とヘルベルトは教え子に諭す教師のような態度でロデオに首を振る。


「このディメンジョンは凄い魔法だぞ、ロデオ。ちょっと使い道を想像してみろ」

「はあ、そうですなぁ。その亜空間に攻撃を入れてしまえば、絶対の防御として機能するのではないですか? そのあたりはディレイとは違うのでしょうか?」


 ディレイとアクセラレートは、なんでも減速、加速が行えるわけではない。

 この二つの魔法が効果を及ぼせるものは、具体的に絞られている。


 術者本人、魔法を始めとする術者の攻撃。

 この二つである。


 そのためディレイは、相手の攻撃を遅くする防御手段として用いることはできない。

 たとえ魔力球に相手の魔法を入れたとしても、まったく同じ速度で飛んでくるだけだ。


 ロデオは亜空間の使い道と聞かれて、まずはディレイでもできない防御に使えないかと考えた。

 その予想は、半分当たって半分外れていた。


「絶対……というほどではないが、たしかに強力な防御手段にはなる。この亜空間の内部は、こうして見えているより数倍ほど拡がっているんだ。例えばこうすると……」


 ヘルベルトがファイアアローを魔力球の中へと入れる。

 するとしばらくしてから、ファイアアローが逆方向へ飛び出してきた。

 けれど実際に飛び出てくるまでには、少しのラグがあった。

 ディレイのかかったファイアアローよりも、少し速いくらいのスピードだ。


「内部の亜空間が広いため、擬似的なディレイとして使える」

「なるほど、ディレイとは違い相手の攻撃も入れられるのですか?」

「一応入るには入る。だが生物が入った瞬間にこのディメンジョンは解除されるし、魔法を入れると消費する魔力が一気に跳ね上がる。一度使えば、基本的には二度目はないな」

「随分とピーキーですな……今までの二つより、使い道が少ないのではないですか?」


 このディメンジョンの場合は、非生物であれば相手の剣や魔法を亜空間へと入れることができる。


 ただし剣を入れる場合、持ち手まで効果範囲に含めてしまうと魔法自体が解除されてしまうため、かなり使うタイミングを選ぶ必要がある。


 また相手の魔法を亜空間へ入れ、内部を通っている間に魔力球を回転させ、相手へ攻撃をそのまま跳ね返すこともできる。


 だがそれがなんのコストもなく使えれば、正しく最強のカウンターになってしまう。


 系統外魔法の時空魔法と言えど、そんなうまい話はなかった。


 相手の魔法を亜空間に入れた場合、それの数倍もの魔力を持って行かれる。


 マーロンに特訓に付き合ってもらったときは、彼の中級魔法を一度返すだけで、魔力が底を尽きかけた。


 一応奇襲気味にカウンターをするのには使えるのだが、一度きりの手段と考えた方がいい。


 そのためこのディメンジョンは、戦闘に関して言うとひどく扱いの難しいものだった。

 だが戦闘以外のことに使うのならば、有効な方法は見つかる。


「まずこのディメンジョンは、物入れに使える」

「たしかに数倍の広さがあるというのなら、そうでしょうな。重さはどうなるのでしょうか?」

「刀身を入れさせたマーロンの言葉を借りるなら、少し軽くなるらしい。俺は重さを感じることはないが、中に物を入れれば入れるほど維持にかかる魔力は増えていくな」


 ディメンジョンによって生み出した亜空間の中には、色々と物が収納できる。


 新たに物を入れる際に消費が激しくなるが、一度しまったものを入れっぱなしにする分にはそれほど魔力を使わずに済む。


「そして不思議なことに、内部に入れっぱなしにしていると、時間の流れがゆるやかになっていくのだ」

「それは……なぜです?」

「恐らくは亜空間が、空間から切り離されてから時間が経つことによって、性質を変化させるのだろう。亜空間の中に入れておくと、食べ物は熱々のまま保存できる」


 そして最初はそれほどの差はないのだが、亜空間を維持し、変化がない状態を続けていると、亜空間内部の時間の流れに歪みが生じるようになる。


 時の流れがゆるやかになり、素材は新鮮なまま、料理は熱々のままで保存ができるのだ。


 魔力球を動かせば時間の流れはまた変わってしまうが……未来からの手紙を受け取ってからというもの、ヘルベルトは暇さえあれば魔力球を作り、そして維持してきた。


 今ならば長時間の維持であっても、それほどの苦労はない。


「ふむ、たしかにそれこそ冒険者生活でもするのなら有用かもしれません。ですがそれ……若に必要ですか?」

「今のところは、必要がないな。だが今後、必要になってくるタイミングが来る」

「今後……?」


 ヘルベルトは未だに誰にも、自分が未来に起こりうる出来事を知っているという話は打ち明けてはいない。


 未来からの手紙を唯一見たのはケビンだが、彼も誰にも言うことなく守秘義務をしっかりと守ってくれている。


 そしてヘルベルトはいくつかの理由から、みだりに言うつもりもなかった。


 ヘルベルトがディメンジョンを頑張って覚えたのには、理由がある。


 だがそれを真っ正直に話しても、誰一人としては信じてはくれないだろう。


 だからこれは、彼が自分の胸の中に一人で抱えていればいい話なのだ。


 ケビンがこの後にかかることになるとある病気を治すために……『鮮度の高い』とある素材が必要になるということは。

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