13


「ふむ、たしかに……これを見せられては、信じないわけにはいかない、な……」


 マキシムは時空魔法の話を聞き、外へ出て試してみることにした。


 彼がヘルベルトが時空魔法の使い手であると確信したのは、彼がアクセラレートによって自分が出したファイアアローの速度を変えるのを見た瞬間である。


 魔法の速度は、どれだけ練達の魔法使いであっても不変である。


 そんなこの世の常識に真っ向から喧嘩を売っているその様子を見れば、さすがのマキシムとて信じないわけにはいかなかった。


「ねえ、マキシム、ってことはヘルベルトは本当に――」

「ああ、間違いないとも。この不肖の息子は……世界で二人目の、時空魔法の使い手だ」


 不肖ですみませんとはにかみながら頭を掻くヘルベルトを見るマキシムの胸中は、複雑だった。


 自分の息子が時空魔法の使い手だったことへの喜び。

 今までヘルベルトがしてきたことへの怒り。


 今までよりもずっと、正直になってくれたことへの安堵。

 なぜもっと早く改心してくれなかったのかという悔しさ。


 マキシムはヘルベルトのことを喜ぶべきか、それとも悲しむべきか。

 自分の感情に答えをつけることができなくなっていた。


「ヘルベルト、お前は、どうして――」

「色々とあったのです。そう、色々と……」


 複雑そうな顔をするヘルベルトを見て、マキシムはそれ以上の追求を止めた。


 マキシムは自分にも非があるのだと、認めざるを得なかった。


 自分は、息子の才能を見出してやることができなかった。


 いやそれどころか、彼を廃嫡して次男のローゼアに跡目を継がせようとまで……。


 マキシムは何も言わなかったが、その拳は固く握られていた。

 その上に、ふわりとやわらかい手のひらが重なる。

 ヨハンナの小さな手が、彼の手の甲を包んだ。


「マキシム、そんなに深く思い悩む必要はないと思うわ」

「私は公爵だよ、考えなければいけないことは多い」

「たしかにそうかもしれない。でも今考えなくちゃいけないのは、一つだけよね?」


 それだけ言うとヨハンナは手を離し、少し離れた場所にいるヘルベルトへと手招きをした。


 ヘルベルトは少し戸惑ってから、おっかなびっくり近付いてくる。


 ヨハンナは二人の顔を見て、二人が何もできないでいるのを見て、「もうっ!」とだけ言ってから――二人の手を、握らせた。


「色々あったけど……ほら、仲直りの握手。二人とも悪いことがあった。でもそれでも許し合うのが、家族でしょ?」


 ヨハンナの言葉に……マキシムはうむと小さく頷く。

 たしかに今までがどうだったのであれ、ヘルベルトは悪いことをしたのは事実。


 だがその責任の一端や、その才を見抜けなかった部分に関しては、マキシムにもある。


 喧嘩両成敗……というわけではないが。


 今後のことを考えれば、お互い顔を突き合わせて話さなければいけない場面もあるだろう。

 その時に毎度気まずくては、やりにくくて仕方ない。


「すみませんでした、父上」

「ああ」

「以後の働きで、挽回……は無理かもしれませんが、できる限り恩返しをできたらと思います」

「恩……などとは考えるな。家族だろう、私たちは」


 一度仲直りをしたという意識があったからか、言葉はするすると出てきた。


 少し驚いた様子のヘルベルトに、マキシムは笑いかける。


 どれだけ不肖の息子であったとしても。

 マキシムにとって、ヘルベルトは大切な息子の一人だ。


 ただ、嫡子として考えるかどうかは……。


「――今後の頑張りに、期待させてもらうことにしよう」

「……ええっ、ええ見ていてください父上! きっと賢者マリリン様に次ぐ、最高の魔導師になってみせます!」


 こうしてヘルベルトは、マキシムと無事和解することができた。


 彼の廃嫡はひとまず見送られることとなり、ヘルベルトは時折マキシムたちとご飯を共にするようになった。


 完全に仲直り、というわけにはいかなかったが。

 それでも皆、以前より幾分かやわらかい態度と言葉で接することができるようになった。


 こうしてヘルベルトは、また一つ、自分の運命を変えてみせたのである――。

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