12
「お久しぶりです。父上、母上」
「私は心配してたのよ、ヘルベルト。学校に行くようになってからは、めっきり顔を合わせていないじゃない」
「それは……すみません。夜遅くに帰り朝早くに戻るような、自堕落な生活を繰り返していましたので」
久しぶりに会うヘルベルトは、以前にも増して太っているように見えた。
最後にその姿をはっきりと見たのが何時だったのか、もうマキシムは覚えていない。
見ないように意図的に視線を外していたし、そもそも屋敷の中にいる機会も減らしていたからだ。
だがヘルベルトは間違いなく、横にだけではなく縦にも伸びていた。
がっしりとした体格から繰り出される一撃を想像すると、なるほど決闘にも勝つだろうと思わずにはいられない。
「そんな自堕落な生活をしていたどら息子が、いったい私になんの用だ? 私は一応陛下から公爵を賜っている身分でね、生憎とそこまで暇ではないんだが」
「ちょっとマキシム、そんな言い方――」
「いえ、いいのです母上。私はそれだけのことをしたのですから」
ヘルベルトは口をもにょもにょと動かし、マキシムの方を見つめてくる。
そして予想外なことに――彼は勢いよく、頭を下げた。
その動作に、マキシムは呆気にとられた。
そんな父を見て、今こそ好機とばかりにヘルベルトがたたみかける。
ロデオから言われていたアドバイスを、しっかりと実行するために。
「申し訳……ございませんでしたっ! 父上にも母上にも、信じられぬほどの迷惑をかけてきてしまって、本当に申し訳ございませんでしたっ!」
マキシムはヘルベルトの性格を良く知っている。
彼はたとえ自分が悪いとその非を自覚していたとしても、自分から謝ることのできない、プライドの高い人間だった。
だが、これはいったいどうなっているのか。
ヘルベルトは頭を下げ、そのまま土下座し始めた。
果たして目の前にいるのは、本当に自分が知っているあのヘルベルトなのか。
ヘルベルトが用意した、自分によく似た影武者だと言われた方が、まだ納得できる。
それほどまでにあり得ないことが起きているのだ。
「ヘルベルト、そんなに頭を下げないでいいのよ。お母さん何もそこまで――」
「いえ――いえ、簡単に頭を上げるわけにはいけません! 私は……私は取り返しのつかないことを、もう何度したかもわかりません! 今更許してほしいなどと言われても、無理なのは到底わかっています! ですので今はとにかく頭を下げて謝罪の意を――」
ヨハンナは近寄り、ヘルベルトを立ち上がらせようとする。
だがヘルベルトは頑として動かず、首を横に振ってずっと土下座の姿勢を維持していた。
母と息子の久方ぶりの触れ合い……にしては、少しばかりおかし過ぎる。
(い、いったいヘルベルトは……どうしてしまったのだ?)
何を言われても自分の態度を変えるつもりのなかったマキシムだが、動転せずにはいられなかった。
彼の想定では、ヘルベルトが尊大な態度で、一応の謝罪を見せるくらいだと考えていたのだ。
だが蓋を開けてみれば、彼がやったのは――全力の土下座。
ヨハンナにもヘルベルトを甘やかすなと事前に伝えていたが、こんなことになってしまった以上事前の考えは全て意味をなさなくなった。
「……ヘルベルト、顔を上げろ。お前が土下座をしたままでは、話が進まない」
「はいっ、わかりました!」
マキシムの言葉には素直に従い、ヘルベルトが顔を上げる。
パッと見えたそのヘルベルトの顔が、マキシムには幼い頃の彼のものと重なった。
(……いや、まさかな)
マキシムは小さく首を振り、目の錯覚だと自分に言い聞かせる。
とりあえず話のテーブルに着くことはできた。
あとはヘルベルトが何を考えているか、それを見極めることが肝要だ。
「ヘルベルト、ロデオの報告によるとお前は時空魔法を習得したという。それは本当のことか? もし嘘偽りがあるというのなら……」
「本当です、父上。アクセラレート!」
ヘルベルトが魔法名を叫ぶと、彼の周囲を覆うように魔力の揺らぎが現れる。
自身優れた魔法使いであるマキシムは、自分の息子がなんらかの魔法を使ったことを即座に察知した。
いったい何が起こるのか……と身構えていたマキシムは、度肝を抜かれる。
目の前にいるヘルベルトが……カクカクと奇妙なモーションで、高速移動を始めたからだ。
「これは初級時空魔法アクセラレートと言いまして、対象を加速させる魔法です。ちなみに動きは加速しますが、このように声は普通に聞こえます。恐らくは魔法で出した土が消えないのと同様に、魔法エネルギーの事象変革が関係していると思うのですが……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
バッと手のひらを前に出すマキシム。
彼の頭の中が高速で回転し、思考がグルグルと回り出した。
今のは……見たことも聞いたこともない魔法。
明らかに四属性のものではない。
となれば間違いなく、系統外魔法だ。
王国内に系統外魔法の使い手は二人しかいない。
そしてその両方と知り合いであるマキシムは、ヘルベルトが使っているものはそのどちらとも違っていることを看破した。
と、するとだ。
ヘルベルトは自分が系統外魔法の才能を持つことに気付き、独学で答えにたどり着いたことになる。
しかも彼の申告を信じるとするのなら――賢者マリリンしか使うことができなかったという、あの時空魔法を……である。
ヘルベルトを信じるかどうかは、別としても。
彼が系統外魔法を使えるということは、こうして自分で見た以上疑いようがない事実である。
マキシムは、カクカクと気味の悪い動きをしているヘルベルトを見て……苦笑をこぼした。
こんな想像もつかないヘンテコなことを繰り返して、情報過多で頭がパンクするようなことを沢山されては……さすがのマキシムと言えど、厳格な公爵という仮面を着けたままではいられなかったのだ。
「少し落ち着け、ヘルベルト。屋敷の中で走るバカがあるか」
マキシムは自分の心もしっかりと落ち着けながら、ヘルベルトとしっかりと話をするために、一旦小休止を挟むことにした――。
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