第12話
あれから飛行隊は様変わりするかと思ったが、どこでどういう根回しがあったのか、バーバス中佐は夏の人事まで飛行隊長続投が決まり、1月1日付での中佐昇任の内示が出た飛行隊のカフク少佐が次期飛行隊長に内定した。
エリーたちが副司令官とその副官の名前をそれから再び見つけるのは、懲戒処分等の公表文書の中であり、いずれも司令部の装備関連部門の人間と利害関係者との贈収賄に関する事件の欄の片隅にひっそりとその名前を載せていた。
副司令官が贈収賄というのは大きな話題の的になったが、レーダーの件は表沙汰に出なかった。
代わりに、レーダーシステムは事故から半年とかからずにより精度の高い新型に置き換えられた。
おそらくは「お爺様」と軍の間のパワーバランスが例の一件で逆転したのだろう。
事故調査もとっくに終了し、原因は「操縦士の見張り不十分」と「操縦士の不適切操作」、「機長の監督不十分」という結論が出た。「器材上の欠陥」は上がらなかった。
結局、自分1人では件のレーダーの不具合というところまで頭は進められなかったし、命懸けの脅迫計画だって立案できなかった。
「事態を撤回できた」という達成感と、その達成感を遥かに上回る「何もできなかった」という無力感をエリーは同時に感じていた。
処分者が大量に出た前代未聞の不祥事に、宇宙軍総司令官が辞職、軍に対する風当たりも厳しくなり、誰も得はしなかったが、今までの分の総決算を締めた形になる。あるべき姿に戻っただけなのだ。
哨戒司令だって、その責任を負って更迭となった。ただそのための犠牲となったのだ。司令官視察を通して、終始何かを考えている様子だったが、何を考えていたのか。この結論に持っていくためだったのか、もっと誰かを幸せに出来る未来を考えていたのか、今となっては知る術はない。
幸いなことに、この一連の出来事が決算年度を跨いだ直後の出来事であり、予算縮小とはならず、新規調達物資の適正な見積りに繋がることが期待できた。
「以上が、ことのあらましよ」
共同墓地の、四半世紀分の人生しか記されていない墓石の前でエリーは佇んでいた。
「あたしは結局何も自分じゃできなかったわ、アニー」
こん、と缶ジュースを花束の脇に置く音がやけに響いた。
共同墓地の管理人によってお供え物は一定期間後に処分される。最終的にはゴミとなるだけなのだが、人類の精神的な考え方は宇宙への進出という、技術の超進歩とは裏腹に、かえって前時代的なものに立ち返っていた。墓石にしても、宇宙への進出が進むにつれ、むしろ過去の時代よりも需要は増え続けている。
無限とも言える広さを誇る宇宙空間での事故は機体そのものすら回収されないことだってままある。だからこそ、せめて生きた証を、歩んだ道を形に残すことが死者への最大限の敬意と捉えられる様になり、その表現として墓石が最たる拠り所になったのだ。
宇宙とは、人類にとって未開拓の地が残る、ニューフロンティアであると同時に、畏怖の対象でもある。
「にしても、あんたに奢ってもらうはずだったのにねえ」
どこか呆れたような調子でエリーは墓石に話しかける。
「ま、あたしがそっちに行ったら奢ってもらうから、気長に楽しみにしてて」
ビールはまた今度持ってくる、と伝えると、背中を向け後ろ手に手を振りエリーは歩き始めた。
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