第7話
恒星暦189年7月9日 航路公団サルベージ船 航海科休憩室
<<回収区画での、火器使用終わり>>
キャビンドアの溶断作業がどうやら終わったらしかった。これからいよいよ遺体の搬出作業だろうか。
そんなアーニャの予想を尻目に、向かい合ったエリーは何も話そうとしない。当のアーニャにしても、声をかけにくいし、振るような話題が思い付かない。回収された哨戒機を話題に挙げれば、話は始まるだろうが、エリーの様子がおかしくなるのを間近で見ていたアーニャにしてみれば、触れるべきではないと感じていた。百歩譲ってPA-50そのものの話をするにしても、あの遺体が誰なのか、「アニー」とは誰なのかを尋ねるのはまだ時期じゃない。
どこに視線をやっていいか分からなくなり、アーニャは周囲に目をやる。
日頃は誰かしらが何かを見ているテレビの前のテーブルは今日に限って誰も居ない。そのテレビも今は母港の電波到達圏外で、放送は映らない。かと言って、ストレージに入っている映画かドラマ辺りを再生するのは、今この場面では限りなく不自然で、そして不適切だろうことは考えるまでもない。
船内を巡るパイプから何かしらの流動音がする他は、遠くで金属を叩くような音が響いている。作業はまだ継続しているのだろう。
ちら、とアーニャはエリーを見る。
何かを言いたげにしてはいるが、どこか喋るのを躊躇している。コーヒーも一口だけ飲んで後は手を付けていない。その手もどこか所在なさげに机の上で時折指が浮いてはただ静かに机を叩くだけになっている。
アーニャは思考をエリーその人に移す。
なんだか不思議な印象の人だ、というのがアーニャのエリーに対する第一印象だった。
自分の母親くらい歳が離れているが、アーニャはエリーに対してうまく形容できない、よく分からない魅力を感じていた。私もこんな風に歳を取りたい、と思う程度には。
その時、不意に船内電話が鳴り、急速に想像の世界から引き戻されると同時に心臓が喉から飛び出そうになったが、アーニャはそのまま船内電話に向かう。
「はい、航海科休憩室です」
「お、アーニャ?丁度よかった。エリーさんはいる?」
電話の相手は先程アーニャにエリーについて行くよう促した先輩だった。
「代わりますか?」
「いや、いいよ。伝えておいて」
その先輩の語るところには、大掛かりな作業の末、回収されたPA-50の前部コクピットから2体、後部キャビン区画から1体の、計3体の遺体が回収された、ということだった。
「以上、よろしく頼んだ」
そして電話が切れた。壁掛けの船内電話の受話器を戻すと、元の席に戻る。エリーのコーヒーはやはり減っていない。
伝えるべきか否か、アーニャは少しばかり悩んだが、目の前にいるのはエリー・シャンプレーンという人である以前に、航路公団の2等航海士、つまりサルベージ船航海科の幹部乗員であるという事実に思い当たる。
先輩からの電話も単純に「席を外していた幹部に作業内容を報告した」程度のものでしかない。
「先ほどの機体ですが、機内から3体のご遺体が回収されたそうです」
「そう。良かった」
どこか表情が多少は柔らかくなったような気がするが、「良かった」とはどういう意味だろうかとアーニャは考える。
沈黙していても事態は進まない。意を決してアーニャは口を開く。
「あの哨戒機なんですが・・・・・・」
「遺体が残っていたのが不思議だった?」
アーニャは面食らう。敢えて避けた話題にエリーが自ら突っ込んできたのだ。
「や、えーと」
なんと誤魔化そうかと考えを巡らせるが、いい答えが見つからない。
「PA-50に限らないけど、哨戒機の乗員は、基本的に座席にハーネスで固定された状態で操縦席に着くの。だから宇宙空間で事故に遭っても、機体の損傷が少なければ、状態はどうあれ遺体が回収されることもあるわ」
でも、それは機体が比較的無事で尚且つ座席が回収されれば、の話だけどね、とエリーは補足する。
「座席が衝撃で離脱しなければ機内に座席もろとも残っている可能性はあるけど、どこかの惑星に不時着でもしない限り、大抵は衝撃を受けた時に救難信号ユニットの付いたブラックボックスだけが離脱して、機体は分解してそのまま行方不明になるわ」
ここに至りエリーが顔を上げる。
「機体が発見されれば遺体が見つかることは可能性としてはあるけど、そもそも機体が見つからないことの方が多いの。だから今回のパターンは奇跡に近いわ」
聞くべきか否か。一瞬の迷いの末にアーニャは質問を投げる。
「あの、機内のご遺体は・・・・・・お知り合い、です、か?」
顔に影が差したような気がしたが、エリーは答える。
「今回に関しては、貴女に話しておいた方がいいことがあるわ」
それから、かなり逡巡した後でコーヒーを一口飲み、エリーは言葉を続けた。
「そうね・・・・・・私が、少尉を任官して初めて飛行隊で勤務した時についてと、PA-50の47号機事故について話しましょうか」
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