第6話

恒星暦158年12月7日 第一格納庫


嫌味なくらいの快晴だった。

よく晴れた雲ひとつない空の下であたしたちは白い手袋をはめた礼装で棺を担いで、葬列を歩いた。あたしがアニーの棺を運んだ内の1人だった。唯一のアニーの同期だから、代表で。

棺が軽かったのはよく覚えている。やけに軽い、木の棺と、詰められた花と納棺された制服、そして上から掛けられた軍旗だけの、それこそ棺そのものだけの重さ。アニーの遺体は回収されなかった。

不思議と涙は出なかった。


格納庫にそのまま棺を安置する。そこが部隊葬の会場だった。棺の前に掛けられた、ウィラー大尉、アニー、バリー2等兵曹の大判の識別写真。

元々は、身分証明書の顔写真に使われていた、いやに真面目ぶった表情のアニーの遺影。


どこに座ったかは覚えていないが、前列に目をやると、そこは遺族列だった。アニーのご家族だ。ここ数年はあまり遊びにも行ってなかったが、確か端にいるのは弟と妹だったはずだ。最後に見たのはかなり前だけど、下はまだ20歳にもなっていなかったと思う。


日中をどう過ごしたかは覚えていない。気が付くと、夜になっていた。

あたしは不寝番を買って出て、礼装で小銃を持って棺の脇に立っている。

格納庫の時計が午前2時を指した頃になって、ふと、あたしはアニーとの思い出を振り返っていた。

思えば、アニーは小さい頃からあたしを振り回していた。近所のガキ大将と、その取り巻きを懲らしめようと、情け容赦のない本格的なトラップを仕掛けたら5人中3人が骨折して、晴れて新番長に就任したと同時に、止めたはずのあたしまで信じられないくらい怒られたこともあった。

軍に入隊してからも、大抵の悪ふざけはアニーが主導して同期を巻き込んで皆で馬鹿やって、関与していようがいまいが、どういう訳かあたしも纏めて怒られてたっけ。皆で休みの日に朝から晩まで延々基地内を走る羽目になったときのことは今でも忘れられない。


そして挙句に・・・・・・。

「あんたはどれだけ私の人生を振り回すつもりなのよ」

不寝番の立て銃の姿勢を崩して振り返ると、あたしは棺に向き直る。

「なにが一ケ年計画、よ。三日坊主どころか一日坊主はさすがに新記録じゃないかしら」

今出たため息は今日で何度目だろう。

「あんたは、三億一倍魅力的になるんじゃなかったの」

不満を吐き出し始めると、止まらなかった。

「それに、まだジュース買ってもらってないわよ」

身体の奥底から怒りが湧き続けた。

「あんた、本当にねぼすけなんだから、起きなさいよ、アニー」

棺を軽く小突くと、こん、と虚ろな音がただ広い格納庫に哀しさだけを孕んでこだまする。

「帰って、来なさいよ・・・・・・」

きっと涙を流したのはこの時になって初めてだったかも知れない。事故から数日経った夜中になって、初めて。あたしは自分が思っている以上に、薄情な幼馴染だったのかも知れない。

もう、アニーは帰って来ない。

あの意味不明な官舎のインテリアが更新されることはないし、ベッドにねぼすけな持ち主が入ることもない。冷蔵庫のビールも持ち主が開けることも、あたしの家で干してある頼まれた洗濯物が持ち主の元に行くことも、もう未来永劫なくなった。


救難信号のビーコンを発信するブラックボックスが、母艦を発艦して丁度消息を絶った付近の空域から発見されたが、その近くには機体の残骸らしいものは何もなかった。回収されたものは、無機質なデータレコーダーただ一つ。

アニーは帰って来なかった。ウィラー大尉も、バリー2等兵曹も。

誰一人。

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