第5話
恒星暦189年7月9日 航路公団サルベージ船 回収区画
「エリーさん?」
「まさか・・・・・・アニー?」
突然、不自然な様子になったエリーに、アーニャが大丈夫ですかと声を掛ける。しかしもうエリーにはほとんど聞こえていない。
すう、と吸い込まれるようにエリーは機体に向かう。慣れた様子でフレームのひしゃげた、出入り口が吹き飛んでしまったパーソナルドアハッチから機内に入ると、右側に曲がり、コクピット部にエリーは向かう。
「あ、待って、エリーさん」
続いて、アーニャが後を追う。しかし、歪んで絶妙な狭さになったハッチに足をかけるまでに時間がかかり、スムーズに機内に入れない。
一方、コクピットに入り、左席を見たエリーは思わず膝をついた。
なんとか機内に潜り込めたアーニャも続いて機内通路を右に進む。
「待ってエリーさん」
ようやく追いついたアーニャはしかしコクピットを見て硬直する。そこには、座席にハーネスで固定された、旧式の飛行服とヘルメットが二つ仲良く左右に肉体だけを失って並んでいた。
だが、エリーの動揺は違うところにあった。
「久しぶりね、アニー」
「エリーさん!」
何回エリーに呼びかけたかはアーニャには分からない。2、3回かも知れないし、もしかするともっと長い時間をかけて何度も呼んでいたかも分からない。
埒があかない。動こうとしないのか、動けないのか分からないエリーを置いて、アーニャは機体の外に一旦戻り、作業員を呼びつける。
「い、遺体!中に遺体が!」
半信半疑の様子の作業員がやはり苦労して中に入ると、血相を変えて出て行く。それから船内電話に飛びつくと、ものの10分とかからない内にどかどかと船長と医務長、青い感染防護衣に身を包んだ数名がかりの作業員が押しかけ、エリーを機内から引き剥がした。
「ボディバッグと防腐パック、密閉シートを用意しろ!搬出準備!防護手袋はしたな!」
医務長の指示が飛ぶ。
「機内作業員をまず3人中に入れる!捜索してどこに何人いるかプロッティングしろ!」
はい、と指示を受けた衛生員が機内に入ろうと四苦八苦する。
「残りは搬出経路の確保!まずそこの大ドアを開けろ!」
医務長がPA-50のキャビンドアを指差す。人が余裕で通れる大きさのドアだが、作業にかかった衛生員からすぐに悲鳴が上がる。
「ダメです!フレームが歪んでて、ここの大ドアが開きません!」
「なら電動カッターを持ってこい!フレームごと切り開け!」
「このドアに使うと吊下ワイヤーが焼き切れます!」
にわかに回収区画が騒がしくなる。
「船橋への連絡は?」
「まだだ!まだカッターを使うな!」
「カッターまだ届いてません!」
「船長了解、火器使用許可!」
「連絡しろ!」
<<回収区画で火器を使用する。許可された者のほか、回収区画への立入を禁止する>>
「機関科の奴はいないのか?」
「呼んできます!」
「保護ゴーグルはあるか?」
がちゃがちゃと重たい金属音が通路の奥から回収区画に運ばれてくる。カッターがようやく届いたのだ。
「離れろ!ワイヤー外すぞ!」
機関科の応急員がまずは機体の安定を図る。
「エリーさん!作業しますよ!離れてください!」
引きずり出された機体の横で、どこか呆然とした様子のエリーにアーニャは声をかける。一方のエリーは、自分でも何を言ったか分からなかったし、周りも何を言ったかは分からなかったが、ふらりとした調子で立ち上がり、機側から離れる。
「エリー君、とにかく今は休め」
作業に立ち会っている船長がエリーに休息を促すと、その声が聞こえているのかいないのかは分からない様子で、そのままの足どりでふらふらと作業区画を出ていった。
「アーニャ、エリーさんについて行って」
作業はいいから、と先輩の作業員から促され、アーニャはエリーに続く。
「エリーさん!」
おぼつかない足取りの様子で通路を歩くエリーに追いついたアーニャは、後ろから半ばしがみつく様にしてエリーに話しかける。
「エリーさん!一回!休憩室に行きましょう!」
あてもなく歩き回るよりかは、一旦腰を落ち着けられる休憩室に放り込んだ方がいいと判断したのだ。どのみち具合が悪くなったとしても、寝室は休憩室のすぐ真横だ。
「・・・・・・そうね」
どこか心ここに在らずな様子の返答を受け、2人は再び歩き始める。休憩室の場所は分かっているはずなのに、どこか怪しい足取りで歩くエリーに、アーニャは横からついて行く。
「着きましたよ」
「ええ、ありがとう」
程なくして到着した休憩室は、直が交代した直後だが人はおらず静かだった。おそらくほとんどはそのまま寝台に入ったのだろう。次直が起きてくるまではまだまだ時間がある。
「コーヒー、飲みますか?」
返答は待たずして、アーニャはコーヒーメーカーを作動させた。
「いただくわ」
コーヒーを淹れながら、しかし、とアーニャは一つの疑問を考える。
機内であたしの名前を呼んだ?・・・・・・いや、違う。
アーニャは確かに聞いたのだ。「アニー」と。
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