第2話
恒星暦158年12月2日 飛行隊ブリーフィングルーム
「新型のレーダーシステムは、出力や利得といった電子的分野の他にも、物理的にほんの僅かですが、可能な限りの角度を付けて電波到達距離の延伸を図っており、探知性能が実際のところ向上しています」
目に見えて分かる成果だそうです、とスクリーンの前に立つ電子装備掛長が説明を補足する。
「ただ、周辺視野とでも言うべきか、近距離失探を起こしやすいそうですが、一方で僚機のスコーク探知性能は従来型より精度が上昇しています。当然、従来通りのリンクシステムにより、僚機の正確な位置をモニタリングできますが、より正確な補助システムが付いたことを意味します」
電子装備掛長がスクリーン前を往復しつつ、次のスライドを説明する。
「2機、3機編隊等での作戦行動でも、ニアミスの可能性が減るということですか」
スクリーン前の座席に座る、飛行服を着た大尉が質問する。
「あー、詳しくは次のスライドで説明しますが、編隊飛行どころか他機種との混合戦術でも充分に効果を発揮できる見積りです」
電子装備掛長の回答に、あちこちでどよめきが起きる。
「永遠の課題になると思っていた」
「その、「見積もり」というのは?」
「導入が決定されたとは言え、実地試験は先ですので、開発部隊でのテストと理論上の話にまだ留まっている、ということのようです」
ただ、理論は今述べた通りです、と電子装備掛長はスライドの説明を続ける。
「さっきの話は、このスライドで出てくる通りですが、それに付け加えて、僚機位置はレーダースイープ更新ではなくてリアルタイム更新ですから、即時性に優れています。併せて近接警報装置も、さらに当然それを司るフライトコンピュータも、新型レーダーシステムの導入に併せてバージョンアップしています」
ここで、電子装備掛長が思い出したと前置きして続ける。
「あー、というわけでアップデートパッチが届いていますので、この後でインストール作業が有りますが、空いている機体から随時実施していきます。所要時間は10分とかからないので、手空きがいたら手伝ってください。以上で説明を終わりますが、意見や質問等ある者?」
先程までのやり取りであらかた意見が出尽くしたのか、特に手を上げる者はなかった。
「飛行隊長、所見をお願いします」
うん、と言って飛行隊長が立ち上がる。
「概要、分かったかな。先日の定期整備でレーダーの換装作業をやったし、試運転もやって、探知距離の結果は良好だったようだ」
つまり、と飛行隊長は視線をスクリーンから座席側に移す。
「明日からの長期哨戒が我が部隊での初陣になるわけだ」
長期哨戒とは母艦に哨戒機を艦載し、星間哨戒に行く、文字通り長期間の哨戒飛行に行くことを指す。
「ウィラー大尉、「白星」を期待してるぞ」
飛行隊長からの言葉をかけられたウィラー大尉は立ち上がる。
「えー、哨戒任務におけるレーダー操作はひとえに、ナビゲーターとコパイロットの腕にかかっているので、私としても、特にコパイのアニー少尉の腕に期待したいところです」
視線がウィラー大尉のコパイ、アニー少尉に集まる。
「なんか言えって」
囁きを受けた、アニー少尉が立ち上がる。
「哨戒任務におけるレーダー操作はひとえに、ナビゲーターとコパイロットの腕にかかっているので、私としては、特にナビゲーターのバリー2等兵曹の腕に期待したいところです」
どっ、と笑いが起きる。それはお前もやるんだよ、と声が飛ぶ中で、バリー2等兵曹が立ち上がる。
「えー、アニー少尉からご紹介に預かりました、バリー2等兵曹です」
バリー2等兵曹が所信を表明しようとしたところで、周囲からの「お前はいいよ」の声で笑いながら席に再び着く。
「よし、座学終わり。システムのインストール作業を手伝える者は休憩した後でいいので、その他も各人毎の作業に戻ること!」
以上解散、という飛行隊長の指示により座学が終わる。飛行隊員が揃って事務室に移動し、何人かはその足でそのまま喫煙所に消えていく。事務室に戻ったメンバーはめいめいの仕事に復帰していった。
「いや、聞いてよホント」
事務室に戻ったメンバーの内の1人の、活発な印象を受ける、少尉の階級章の付いた飛行服を着た若い女性がやはり活発なトーンで同じく少尉の階級章を付けた別の飛行服姿の女性に話しかけ、机に腰掛ける。ネームパッチには操縦士徽章の金刺繍の下に、金文字でアニーとある。先程、所信とも言えない所信を表明したアニー少尉その人である。
「さっきまでと話全然関係ないんだけどさあ、この間サバ買ったのよ」
一方の話し相手のネームパッチには同じ様式でエリーと刺繍が入っている。
「たまにはちょっと手の込んだ自炊とやらをやってみようかな、と思って。でもさあ、そうしたら人のやりくりが急遽できなくなったから明日当直士官に就いてくれなんて電話が入って」
やれやれといわんばかりに大仰な身振りで残念そうな仕草を見せるアニー。
「でも、よくよく考えたらその翌日にも飛行当直が入ってたのよ」
どこか遠い目をするアニーの話をエリーは黙って聞いている。
「仮眠が出来るし、特に全力対応しないといけない事態なんて災害でも来なけりゃ滅多に起こらないから、まあ良いっちゃ良いけど、二日連続で24時間勤務に付けるなんて正気?ねえ、デイリー・スケジュール管理者のエリー少尉?」
「んなことあたしに言わないでよ」
あたしは人のやりくりパズルを解いただけなんだから、とバインダーを片手に鉛筆を弄びながら、しかし、どこか申し訳なさを感じている表情を浮かべてエリーは説明する。
「思い起こしてみたら、前にサバを煮つけにしたときは急遽、警備訓練のピンチヒッターに立ってくれと言われて次の日から2泊3日の事前準備なしの野戦訓練に放り込まれたし、散々だったわ」
アニーはそこで盛大にため息をつく。
「だからあたしはサバ料理を人生で二度と作らない、と決めたの」
ここに至り「ん?」とエリーが疑問を口にする。
「待って?あんたちょっと前に夕飯時にあたしの所に作りすぎて余ったからと持ってきた魚って」
「大丈夫よ。アレはまだ3日目のサバの煮付けで目に見える不具合はなさそうだったから」
「アニー?」
「大丈夫、缶詰でしかもう二度と食べないことにしたわ」
「あんたの話をしてんじゃないわよ!」
はああ、とエリーが頭を抱える。
「あんたの話なんか真面目に聞かなきゃよかった」
あと知らなきゃよかったそんな事情、と呟くと、エリーが机の事務用パソコンに向き直り、やり残していた仕事に取り掛かる。
「にしても、お前らホント仲良いな」
傍からそのやりとりを眺めていた先輩操縦士がエリーとアニーに声を掛ける。
「どこがですか?」
どこかげんなりしたような顔でエリーが先輩に尋ねる。
「息がぴったりの名コンビ感があるよ、君ら」
「まあ、付き合い長いですからね我々」
ふふん、と鼻を鳴らすアニーに、ああ、と先輩が納得する。
「そういや幼馴染だっけか」
上目遣いの三白眼でエリーはアニーを睨む。
「2人揃って、学校どころか、入隊から部隊まで一緒になっちゃったら、もうどちらかと言えば腐れ縁に近いですよ」
はあ、とため息を吐いてパソコンに視線を戻す。
「えー?じゃあエリー、いっそのことあたしと結婚しよ?死が2人を別つまで健やかに過ごそうよ」
エリーはどこか嬉しそうなアニーを一瞥すると再び机に向き合った。
「人に傷んだサバを出すあんたと生涯を共にする位なら、この山みたいな仕事と無理心中する方が三億倍魅力的だわ」
「つまり三億倍魅力的になればあたしにも勝ち目があるってこと?」
減らない口を叩くアニーに目もくれずエリーはキーボードを叩く。
「正確には三億一倍、ね」
なにおう、と面白いくらいに表情を変えるアニーはその上で黙ることを知らない。
「なら見てろお、アニーちゃんの一カ年計画を」
「一カ年って、あんた大抵のことは昔から三日坊主だったじゃないの」
一方のエリーは無反応に近い表情を貫きながら返す。更に「そもそも同性婚に興味はないけれど」と前置きした上でエリーが口を開く。
「そんなことよりあんたが担当してる、飛行隊員の年次健康診断実施記録、ちゃんと全員分まとめてんの?」
来週末が提出期限なんでしょ、と続いた言葉に、うげ、と声を上げてアニーが目を逸らす。
「いやー、それなんだけど、明日の夜からあたし長期哨戒、行っちゃうじゃん?」
「あんた、まさか」
「いやー、忙しいしその提出日に居られないから多分、仕上がらないのよね」
がた、とエリーが立ち上がるのと同時にアニーが机から降りる。
「だから、エリー?」
ぱん、と手を合わせてアニーが頭を下げる。
「お願いっ!この通り!」
言うが早いか、アニーが事務室を足早に出る。そしてエリーが猛スピードで走って後を追う。
「アニィィィィィ!」
「ごめんって!謝るし任務明けにジュース奢るから!」
「ジュースで釣り合うかボケェェェェェ!」
喫煙所から戻ってきた2人の先輩にあたる操縦士が、通路ですれ違いざまに、おお、とよく分からない声を上げて壁に張り付き、なんだいつものか、という顔を見せる。アニーとエリーは、器用にも形ばかりの謝罪の言葉を先輩にかけると、ドッグファイトを継続する。
そのまま屋外に出ると、謝罪と罵倒の応酬を繰り返す2人組は格納庫の外周をぐるぐると回る。それからたっぷり格納庫を5周ほどしたところで罵倒する方が力尽き、ドッグファイトは一応の収束を見せた。
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