第3話
「起きろねぼすけ!」
寝室に入るやいなや、エリーはアニーの毛布を引っぺがす。
「あれ?なんで・・・・・・」
ここにいるの?と聞きかけて、アニーが目を見開く。
「うっそ、今何時?!」
慌てた様子のアニーが目覚まし時計を手に取る。しかし、時計はまだ6時過ぎを指していた。
「あんたが「今日は長期哨戒の最後の準備やるから早く起こして」とか言うから、わざわざ起こしに来てやったんじゃないの」
なんであたしがあんたの部屋まで起こしに行かなきゃいけないのよ、と文句を言うエリーに、アニーは、ああ、と納得する。
「なあんだ、まだ寝れる」
「寝るな!」
横になったアニーを無理くり力づくで起こす。起こされたアニーは眠い、眠い、とうわ言のように呟きながら欠伸を一回。
「というか、あんたそれで寒くないの?」
エリーが指差した、ベッドの上に鎮座するアニーは、下着にTシャツのみで目を擦っている。
「え?寒いよ?」
何を当たり前のことを、という顔でアニーは答える。
「だから毛布ちょーだい」
「降りろ!」
足蹴にしてアニーをベッドから叩き出す。
「まったく、今回長期哨戒に行っちゃったら、あたしはいないんだから、寝坊だので先輩に迷惑かけないようにしなさいよ」
「いやいや、朝から申し訳ないねエリー」
けらけらとした様子で笑うアニーにエリーは、はあ、とため息をつくと、寝室からリビングに出て部屋を見回す。そして、いつ見てもまとまりのない部屋だという感想を持つ。アニーはよく分からないインテリアアイテムを見つけてきては部屋に飾るせいで、部屋の方向性がまるで分からないのだ。明るい部屋にしたいのか、それとも間接照明をベースにした静かな空間にしたいのか。壁には謎の木彫りの仮面が掛かっているが、部屋面積にしてはやたらと暗い、ベッドランプくらいにしかならなさそうな間接照明が部屋の真ん中のテーブルに置かれている。その一方で、床には取り付けようとして諦めた形跡の伺える、持て余したミラーボールと、何故かマラカスとタンバリンがドライバーと共に転がっている。カーテンの前に目を向けてみると、この前に来た時にはなかった、謎のプロジェクターが設置されている。そこから手前に辿っていくと、ポップコーンの空容器とリモコンが床に直置きされていたので、不意に「大画面で映画が見たい」とでも思って衝動買いしたのだろう、とエリーは見当をつける。スクリーンをカーテンで代用して、買ってこないあたりがアニーらしい。
「ほんとはエリーもこの長期哨戒行くはずだったのにね」
収まらない欠伸をしながら、アニーが寝室から出てくる。
「まあ、それは計画と業務運営上仕方ないわよ」
アニーの言葉通り、計画当初はこの日から始まる長期哨戒にアニー、エリーが揃って行くはずだった。しかし、その更に後に控えていた司令官視察などで、使い勝手のいい若手の副操縦士がどうしても足りなくなることから、エリーはこの長期哨戒を外されたのだった。
「もしそうなら、今年の年明けは揃って母艦の上だったかも知れないのにね」
「仮にそうだとしても、どっちかはもしかしたら哨戒任務中だったかも知れないわよ?」
うーん、と少し考えてから、アニーは口を開く。
「機上の年明けは、それはそれで楽しそう」
「それはそうかもね」
夜中に飛んだところで、時計以外に時間を知る術は無いので、気が付けば年を越している、なんて事態にもなりそうなのだが、その可能性には2人とも目を瞑る。
「仮にそうなら、日を跨いだ哨戒飛行作業になるから手当が2日分付いて、まんま2倍になるからおいしいよねえ」
飛行隊員の特殊な飛行手当類を誰がいつどんな作業を実施したかを飛行記録と見比べながら1ヶ月分付けて、月締めで経理課に提出するのがアニーの日頃の業務なので、この手の話はお手のものである。
「いきなり渋い話をしだすじゃない」
「なんだかんだ人生は金だもん」
部屋の、無駄遣いの塊みたいなインテリアを尻目にエリーは、一体どの口がと言いかけて止めた。これがアニーなりの金の使い道なのだ。この支離滅裂さ加減は昔から変わらない。
「まあ、その辺の手当関連はちゃんと給料に付けてくれるから、その辺の福利厚生はなんだかんだしっかりしてるのよねえ、うち」
「だから、給料の天引き保険だって、安い割にちゃんと死亡も障害も補償が返ってくるもんね」
んっ、と伸びをしたところで思い出したようにアニーが口を開く。
「あ、ごめんけど、洗濯物が一つだけどうしても回しきれなくてさ、昨日の入浴した分のタオルとか下着とか洗濯しといてもらえる?」
帰ってきたら回収するから、と手を合わせてアニーが頼み込む。
「まあ、そんくらいはいいけど・・・・・・」
「ほんと?!」
その程度のことでも喜色満面、「持つべきものは幼馴染だね」とアニーは謝意なのか何なのか、よく分からない言葉を伝える。
「だからエリーに合鍵預けてあるもんね」
にっと笑うアニーに何故か妙な気恥ずかしさを感じ、気を逸らすようにエリーは髪をかきながら口を開く。
「寒いでしょうし、いい加減に服着なさいよ」
「ふわーい」
欠伸と混じった返事をしながら、ハンガーに掛かった制服に向かってアニーが歩いていく。
「あたし多分エリーがいなけりゃダメな気がするから、今回の長期哨戒でダメなところ自覚してくるわ」
ひどく真面目な口振りでワイシャツに袖を通しながら、で、帰ってきたらまた介護してと一転して笑うアニーにエリーは今朝になって何度目か分からないため息をつく。
「あんたねえ、自覚が出来たら治して帰ってきなさいよ」
エリーの悩みはアニーの私生活ではなく、他のところにあった。困ったことに、こんなちゃらんぽらんな感じがするのに、アニーの方が成績もハンモックナンバーも、何もかもがエリーよりも遥か上なのだ。
「まあ、天は二物を与えずって言うしねえ・・・・・・」
「何の話?」
「なんでもない」
思わず口をついて出た独り言を否定する。
「あ!」
不意に、何かに気付いたアニーが早足に冷蔵庫に向かう。
「どしたの?」
「あー!」
「な、なに?」
またサバか、と思ったエリーの予想はアニーの言葉で否定される。
「昨日そう言えばビール飲み損ねた!」
アニーが開けた冷蔵庫の中にはビールの大瓶が一本、手つかずで残っていた。
「しまったなあ・・・・・・」
朝から騒ぐことかとエリーは頭を抱えそうになったが、今から1ヶ月近く家を空けることを考慮すると、その気持ちは分からんでも無かった。
まあいいじゃないの、とエリーが言いかけたその時、冷蔵庫のビール瓶を見ていたアニーが、はっと何かに気付いたようなそぶりをしてから、やけに真面目な顔をしてエリーに向き直る。
「あのさ、エリー?」
「黙れ。それ以上、今考えたことを喋ったら怒る」
「もう怒ってんじゃん・・・・・・」
ちぇっ、と言ってアニーが冷蔵庫の扉を閉めた。大方、「出勤前だけど2人で一杯どう?」とでも言うつもりだったのだろうとエリーはあたりを付ける。
「まあ、次帰ってきたら年は明けてるだろうから、帰ってきたら2人でひっそりと新年会でもやるわよ」
「おお、それでこそ我が愛しのエリー」
はいはい、とアニーをあしらうと、エリーは台所周りを見回して、不在にする上での留意事項を探す。生鮮食品系のものは目につく範囲では見当たらない。冷蔵品も表には出ていない。面倒くさがって紙皿や紙コップでだいたいの食事を済ませているので、洗い物はなし。まあ、大丈夫だろう。
ネクタイを締めるアニーにエリーは向き直る。
「まずは朝ご飯食べて出勤するわよ」
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