小さな町工場を経営する男、大村健二。
大村は父の跡を継ぎ、慣れないながらも懸命に経営に励んでいた。
そんなある日のこと。彼は従業員の一人である、三田に声をかけられる。
「若社長、ちょっと相談がある」
三田は町工場の古参であったが、素行はお世辞にもいいとは言えない男だった。
だが、誠実な心の持ち主である大村は彼の頼みを断れなかった。
その選択が、自身の日常を一変させるとも知らずに。
日常の崩壊と、狂気に呑まれていく人間性。
本作は、この二点を巧みに表現した作品となっています。前者はまさに映画のような怒涛の展開で進みつつ、小説ならではの丁寧な描写によって補足。そんな緩急のついた展開の中で描かれる、突然梯子を外されたような感覚にぐっと引き込まれました。小さな躓きが、取り返しのつかないことになる。そのことが顕著に描写されていたと思います。
後者については、魅せ方が脱帽ものでした。日常生活の中で思わずスイッチが入る、負の感情が湧き出る、自分が自分でないような感覚。誰しも生きていて一度は抱く(?)感情の爆発が包み隠さずに表現されており、主人公に深く感情移入することになりました。
ノワール小説×ピカレスク小説。
あまりweb小説ではお目にかかれない、ビターな味わいのある作品だと思います。
これからの展開に、是非とも期待したい一作です。