のどかな一時
宮田は、一度、外の空気を吸って落ち着こうと思い、署内の自販機で缶コーヒーを買い、屋上へと向かった。
署内は至る所で禁煙だ。
屋上の一角にある――喫煙者最後の砦――となった、喫煙場所のベンチに座り、コーヒーを飲み、一服した。ひと昔前の様に、誰かに迷惑をかけてるなど、微塵に思わずに、タバコを吸っていた頃が懐かしい。今では――喫煙者は、世間の敵、大げさに言えば、地球上の敵なんじゃないか?、とさえ思う。
――こんなに雲一つなく、空が青い、のどかな日だっていうのに……。重大犯罪なんて、都会で起きる出来事だと思っていた。
一地方都市で起きた事が未だに信じられず、どこか遠い異国の出来事の様に感じてしまう。
しばらくベンチに座っていると、後輩の高橋が、昼休憩にやってきた。
「先輩、お疲れ様です」
「おう、高橋か。調子はどうだ?」
「いや~、良くもなければ悪くもないですね~」
「そうか。人間、普通が一番だな」
「ははは、そうかも知れないですね。それより先輩、例の事件の方はどうですか?」
「あぁ、ぼちぼちだな。何だ、興味があるのか?」
「そりゃ~有りますよ!こんな大事件、一生の内に何度も出会わないですからね!」
「若いな。情熱に溢れてる事が羨ましいよ」
「何言ってるんですか!先輩には、まだまだ後輩の手本になっていただかないと!」
「おっ、言うじゃね~か。お前のやる気には負けるよ。ま~、どれだけ力になれるか分らんが、お前を後進の教育の為に、一緒に取り調べに参加出来るよう、部長に頼んでみるか?」
「本当ですか!是非、お願いします!」
「分かった。だけど、あまり当てにするなよ」
「ありがとうございます!」
正直な話、一人で奴と、にらめっこするのは、寿命が縮まる。経験が浅くても、誰か一人でも多く、部屋に居てくれた方がありがたい。
「ところで、お前、昼飯食ったか?」
「いや、まだです」
「そうか。それじゃ~、飯、食いにいくか?」
「はい!行きます!」
宮田は、使命感に燃えた若者の、太陽の様なエネルギーに、自身の枯れた心を、更に照り付ける日差しに干される思いがして、ヒリヒリと痛む思いがしたが、高橋の情熱に、醒めていた正義感を、再び取り戻した気分にもなった。
昼休憩を終え、午後からの取り調べが始まろうとしていた。
取り調べの前に、事の進展を気にしていた岡本刑事部長が、面通しに使うマジックミラーが設置された、取り調べ室の、前室に宮田を呼んだ。
なにせ、滅多にない事件だ。それも複数の犯行となれば、誰でも興味を持つだろう。
「康さん、奴はどんな様子だ?」
岡本刑事部長は、挨拶もそこそこに済ませ、宮田に尋ねた。
「見ての通り、どこにでも居そうな男ですよ」
マジックミラー越しに大村を指さし、答えた。
「そうか。それで、こちらの質問にはちゃんと答えるのか?」
「えぇ~、何とも肩透かしを食らった様な感じがしますが、協力的です。ただ~……」
「ただ?何だ?」
岡本は――勿体ぶらずに答えろ――と、宮田の目を見て催促した。
「上手く出来た話の中に嘘が混じってる様に感じます」
「嘘?じゃ~、正直に供述してないんだな?」
「う~ん、今のところ大筋は有ってると思うのですが、こぉ~、何というか、違和感を感じます」
正体が分からない違和感に、再び触る気持ち悪さを感じながら答えた。
「違和感か。よくわからんが、しっかりと頼んだぞ」
岡本刑事部長は、話を真剣に聞く様子もなく、ベテランの宮田なら上手く取り仕切ってくれるだろう――くらいの調子で、軽い激励の言葉をかけながら部屋を出る為、ドアに手を伸ばした。
宮田は、再び込み上げてくる気持ち悪さを誰かに分担して欲しくなり、ここぞとばかりに、高橋の件について尋ねてみた。
「部長。こんな時になんですが、後輩の高橋も取り調べに参加させてもらえませんか?」
「高橋?どうしてだ?」
宮田の急な話に、ドアノブに伸ばした手を止め、宮田の方へ向き直し尋ねた。
「高橋はこの事件に興味があるみたいです。それに、やる気もあるし正義感も強い。滅多にない事件ですから、後進の育成になればと思いまして」
「う~ん……」
しばし考え込んでいる。
――急な話だ、そう直ぐに返事は返ってこないだろう。
「よし、分かった。康さんの頼みだ。何とか調整してみよう。今日は無理だが、救援として、高橋を近々こっちへ回そう。それで、いいか?」
「ありがとうございます。高橋も喜ぶと思います」
案外、あっさりと回答が返ってきた事で拍子抜けたが、安堵した。
「それじゃ、引き続き頼んだぞ」
岡本刑事部長は改めて激励の言葉をかけ出て行った。
――さてっと、始めるか。三田が大村と、どういった経緯でトラブルとなり、この世から消えなければならなかったのか?だな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます