憂鬱な月曜日その1

 午後の取り調べが始まった。


 休憩を挟んだので、幾分か気は楽だった。


「よし、始めるぞ。大村、飯、ちゃんと食ったか?」


 話の切っ掛け作りをする為に、宮田は尋ねてみた。


「えぇ、有り難く頂きました。ありがとうございました」


 ――不味い飯で食えたもんじゃね~――だとか――家畜の餌かと思った――など、口悪く高圧的に抵抗してくれる方が――虚勢を張る哀れな奴――と思う事ができ、こちら側としては、その後の対処がやり易いのだが、こうもバカ丁寧に返されると困ってしまう。


「そうか……。じゃ~、さっきの続きなんだが……。先ずは、三田とお前の関係から話してくれないか?」


「分かりました。お話します」


 大村は午前中と全く変わらず、素直に答えだした。


 三田は、大村の父親の代から働いている熟練工である事、生活面において色々とルーズでだらしがない事、相談を持ち掛けられた事などを話し始めた。



「それで、お前はその入院誓約書に判をついたんだな?」


「はい。社長として、僅かばかりの餞別せんべつになればと……」


「で、その数日後に遠藤達が訪れて来た。そこまでは、間違いないな?」


「間違いありません」


 ハッキリとした口調で質問に答え、その後の事の成り行きを続けて話し始めた。


「理由は分からないが三田に騙され、借金の肩代わりをさせられた。そして、三田を問い詰めようと探しまわったんだな?」


「なにせ、遠藤は10日以内に金を返せと……。こっちは、命の危険が迫ってましたから、必死でしたよ」


 5年も前の出来事だか、昨日の話の様に感じられる。


 ――余程、遠藤に受けた暴力が、身にこたえたのだろうか?――命の危険が――と、言っている。そんな出来事が急に起きれば、忘れようにも忘れられないのは、当然の事か。



「三田に会う事は出来たのか?」


「いえ、会えませんでした」


「確かか?」


「はい。確かです。工場は臨時休業して、その日の午前中は三田のアパートへ。その足で、三田が入院すると言った病院へも行きました。でも、居なかった。見つける事が出来なかった。だけど、夜なら居るかも知れないと思い、もう一度、三田のアパートへと向かいました」


「ちょっと、待ってくれ」


 宮田は手帳を開き、ここ迄の事を整理する為に、一度話を止め、メモをとった。


 現実味ある話で、嘘は言って無いようだが、鮮明に覚えてる事が、出来過ぎた話の様にも聞こえる。


「すまん。続きを聞かせてくれ」


メモを書き終え、話しの続きを聞いた。


「駅前のコインパーキングに車を停めた頃には、日は暮れていました」


 大村はその夜の事を話始めた。


 大村の話は、こうだった――



***


 夜の駅前は昼間とは違った顔を作り出していた。


 週の始めとあって、飲み屋街へ向かう者は少なく、学生、仕事終わりのサラリーマンなど、家路へと急ぐ者が大半を占めていた。始まったばかりなのに、行きかう人の姿には、既に疲れの色が出始めている様であった。


 ――憂鬱な月曜日。そんな言葉がよく似合う。



 通勤の為とは言え、駅構内には人が集まり、明るい。



 しかし、駅裏は構内とは対照的に暗く、人の通りもまばらで、行きかう電車の音だけがすれ違うだけだった。


 それなりに込み入った道ではあるが、昼間に一度訪ねたので、アパートには迷う事なく直ぐについた。


 アパートの駐車場には、昼間には無かった車が停まっていた。4台停まっている。街頭の光とアパートから漏れ出る光を頼りに、確認した。



 三田の車は、無い……。


 空いている駐車場の番号を頼りに、部屋の明かりを確認した。


 駐車場に停まっている番号は1、3、4、5。


 2、6番には無い。


 部屋番号102号室、206号室もそれに呼応する様に、明かりは消えていた。



 ――これはマズい事になった!


 そう頭では解っていても――もしかしたら、帰って来るかも知れない――という期待感が、頭をもたげて来て、しばらくアパートの階段に腰を掛け待った。



 30分、60分。



 淡い期待感はとうに消え、焦燥感が募るばかりで、帰るにも帰れないでいた。



 そんな時、二階の部屋のドアが開く音が聞こえた。鍵を掛け、何処かに行く住人。足音は階段へと近づき、大村の方へとやって来る。


「こんばんは」


 住人は階段に座っている大村を警戒して、一言、挨拶をかけ、駐車場に向かった。


 大村は、ハッと目を覚ましたように腰を上げ、車に乗り込もうとしている住人に、駆け寄り話しかけた。


「あの、すみません!」


「わっ!ビックリした!何に?一体?」


 住人は、警戒をしていたつもりだったが、急に話掛けられると思っていなかったので、突然の問いかけに驚き、驚かされた事に、少し怒気どきを孕んだ言葉で返し、大村の方へと振り返った。


「驚かしてすみません!ちょっとお聞きしたい事がありまして……」


「だから何?ちょっと急いでんだけど」


「本当にすみません!ある人を探していまして……。以前、こちらに住んでいると聞いたのですが、どうも留守の様でして……」


「はぁ?で、誰?何で俺に聞く訳?」


 驚かされた事と、急いでいる事も手伝って、返ってくる言葉全てに、敵意を感じる。


「重ね重ね申し訳ありません!どうしても、会わなければならない人でして。藁をもすがる思いで、お声掛け致しました……」


「ふ~ん、誰?探してる人って?質問、早くしてくんない?」


「あぁ~、そうでした、すみません!探している人の名前でしたね。えぇ~っと、名前は三田浩と言う、50も半ばの男です。ご存じないでしょうか?」


「三田?名前は知らないけど、それぐらいの歳のおっさん、居た。隣の部屋に。だけど、引っ越したと思うよ。今、隣の部屋、誰も居ないし。じゃ、もっ、いい?」



 そう言い終わると、車に乗り込み、大村の質問も、お礼の返事も受け取る事も無く、出て行った。


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