追跡その3

 八階、七階、六階、五階、四階、三階……。


 病室に名前が出ている所は全て探した。



 ――三田 浩――の名前はどこにもなかった。



 病室患者の名前を全て確認した訳ではないが、不安の影は次第に濃さを増し、そして、重くのし掛かった。これ以上、用も無いのに、ふらふらと、病棟をうろくつ訳にはいかない。



 ひとまず一階へと降りる事にした。エレベーターに乗り、一階へ。



 エレベーター乗り場から受付に向かう渡り廊下は、真っ直ぐでは無く、二~三回、角を曲がる様に造られている。



 一つ目の角を右に曲がると、しばらく直線になり、二番目の角を左に曲がると、また直線になるが、丁度その曲がり角の所に、コンビニが入っていた。



 昨晩から何も食べていなかったので、コンビニで、お茶とおにぎりを二つ買った。



 渡り廊下には、長椅子が数カ所設置してあり、ちょっとした休憩場所になっていた。誰も座っていない長椅子を選び、腰をかけ、おにぎりを食べる。



 心の奥からにじり寄ってくる焦燥感に、味などしなかったが、それでも不思議と、空腹はやって来るようだ。


 食べては、お茶で胃に流し込み、食べては流し込む、ただそれだけの繰り返しだ。



 食べ終え、一息入れた。



 ――騙された、のか?三田と遠藤はグルなのか?



 真相を聞き出そうにも、当の本人がいなければ、暗闇を手探りで進むようなものだ。



 ――警察に連絡……。



 ――いや、ダメだ!向こうには、ちゃんと契約書がある!


 仮に、偽装で有る事が証明され、遠藤を逮捕してもらう事が出来ても、長期の刑務所生活を送るとは思えない。出所後、必ず報復に来るだろう。暴力を生き甲斐にしているとさえ思える、あの男の事だ、間違いない。


 ――夜にもう一度、三田の住むアパートに行ってみよう。次に何をするかは、それからだな。


 重たい腰を上げ、正面玄関へ向かう。受付の時計は午後2時を過ぎていた。



 玄関横に置かれた、駐車料金を割引するタイムレコーダーに、駐車券を通して外へ出た。



 ――夜まで大分時間がある。裕子が心配しているし、顔と肋骨も痛むから、整形外科にでも行こう。



 最近では、街の大きな機関病院は、紹介状が無ければすぐに診てもらえない。門前払いを喰らう訳では無いが、時間が掛かる上に、別料金も必要になる。病院に来ているのに他所の病院に行く。コントの様な話に思えて来て、笑えた。



 駐車場から車を出し、正門ゲートで駐車券を機械に差し入れる。音声ガイダンスが鳴り、デジタルの表示画面には100円の文字が浮かび――100円玉を投入――ゲートが上がり、病院を後にした。




 来た道を引き返し、混み合う駅前を抜け、小さい頃からお世話になっている整形外科病院へと向かった。河に掛かる橋を渡る。いつもの風景が視界に広がってきた。



 青木整形外科病院へと着いた時、車の時計は、午後4時を少し過ぎていた。



 ここは、裕子の縁者が開業している町の病院だ。裕子の亡き父の弟が、院長を務めている。



 夕方とはいえ、それなりに患者もいる。学校帰りの子供と保護者、仕事帰りの中年など。中に入り、備え付けのスリッパに履き替え、受付に診察券をだした。



「あら、健ちゃん、久しぶり。今日はどうしたの?」と、裕子の母、青木恵が尋ねてきた。


 裕子の母親は看護師で、以前は大きな病院に勤めていたが、年と共に体力に自信が無くなり、自宅から近い事もあって、3年前に、この整形外科病院にお世話になっていた。


 病院はどこも人手不足のようで、看護業務を行いながら、たまに受付の業務も手伝っている。



「おばさん、こんにちは。いや~、昨日、階段で足を滑らせてしまって……。」


「あらら~、結構派手にやったみたいね~。もっと早く来れば良かったのに!今日は、仕事、忙しかったの?」


「う~ん、今日は臨時休業にしたんだけど、痛みが引かないから、ヤバいかな~って……」


「んも~、我慢しちゃダメよ!手遅れになる事だってあるんだから!」


「ごめん、おばさん」


「じゃっ、そこに掛けて待ってて。そんなに待たないと思うから。それと、保険証も出しておいてね」



 大村は、裕子の母親に言われた通り、保険証を手渡し、ロビーの椅子に掛けて待った。診察は思ったより早く、声が掛かった。診察室へ向かう。



 院長の診たてによれば、顔面打撲と肋骨にヒビが入ってる様で、しばらく安静にしていなさいと言う事だった。胸部を固定するコルセットと湿布、痛み止めを処方してもらい、会計を済ませた。



 青木恵は、次の患者の処置に忙しく、大村に簡単な挨拶をして、直ぐに処置室へと消えていった。


 調剤薬局で薬を受け取り終わった頃には、日は暮れ始め、夕日が辺りを赤く染めていた。




 ――さて、ここからが正念場だ!何としても三田に合わなければならない!




 祈る想いで車に乗り込み、家路へと急ぐ混み合った車列に合流し、再び駅裏へと向かった。


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