追跡その2

 三田が入院すると言った病院は、市街地から少し外れた高台に位置していた。


 中心部から約2~30分は車を走らせなければならない。


 平坦な道はやがて傾斜に変わり、小高い坂の上に建つ病院が見えてきた。


 病院前の停留所では、年寄りが帰りのバスを――まだかまだか――と、面白く無さげな顔をして、黙って待っている。


 もう少し、交通の便が良い所に有れば良いのだか、この街で大きな病院は、数える程しかなく、古くからこの場所に建っている病院でもあるので、年寄りは交通の不便さよりも、馴染み深い安堵感を求めてやって来るようだ。



 病院の正門をくぐると、想像よりも広い敷地に驚いた。


 高速の料金所の様な発券機があり、音声ガイダンスに従い、駐車券ボタンを押す。発券されると同時にバーが上がり、車を駐車場へと進めた。


 アスファルトで綺麗に整備された駐車場が広がる。収まりきらない車は、病院の裏手に用意された、砂利の駐車場に停めるようになっていた。なるべく表に近い場所に車を停め、正面玄関へと歩いた。


 正面玄関の前には、タクシーが数台停まっており、看護師に見送られながら、タクシーに乗る患者と家族、車椅子ごと乗せる事が出来る、介護タクシーの運転手が、電動リフトの操作などを行っており、病院内に入る前から、様々な人間模様が途切れることなく、続いている。



 ――どこで尋ねればよいのか?と、悩みながら、混み合う受付の前を一度横切り、視線を泳がせながら、辺りをうかがった。


 受付の端の方に、相談窓口がある事に気づいた。誰かが相談の為に並んでいる様子も無く、担当者も居ない。



 相談窓口の前には――御用のある方は、呼び出しボタンを押して下さい。お気軽にご相談下さいと、書かれた紙が綺麗にラミネートされ貼られていた。



 ――ここなら待たずに尋ねる事が出来るか?


 ボタンを押してみた。


 表から見る事が出来ない受付の裏方から、女性の事務員がやって来た。


「こんにちは。今日はどうされましたか?」と、事務員は特に愛想が良い訳でも無く、落ち着いた物腰で用件を伺ってきた。


「忙しい時にすみません。実は、今日、知人の入院見舞に来たのですが~……」


「面会のご希望ですね?それでしたら、隣の受付にある、面会希望者の名簿に名前を記入して頂いて、入館許可証を受け取って下さい。」


「あっ、そうですか。忙しい所、親切に教えて頂きありがとうございました」


「いえ、いえ。何か困った事が有れば、何時でもどうぞ」


 社交辞令な挨拶を終え、受付の面会希望者名簿に名前を書いた。


 受付の事務員は、忙しい事も手伝って、大村を怪しむ事無く、入館許可証を手渡した。入館許可証を首にかけ、入院患者のいる病棟を目指した。


 館内の廊下には、赤・青・緑・黄のラインが引いてあり、色事に、向かう先の場所が丁寧に示されていた。


 ――え~っと、病棟はっ、と。緑のラインか。



 緑のラインを追いかけて歩くと、エレベーター乗り場に辿り着いた。


 しかし、ここで一つ困った事に気付いた。


 ――三田は何科の病棟にいるのか?と、いう事だ。



 古くからある病院とはいえ、街で大きな病院の一つだ。受診科だってかなりのものだ。


 心臓内科に心臓外科、消化器内科に消化器外科……等々。


 外科と内科に別れている様に、東西に分かれる様に病棟があった。


 考えても始まらない。兎に角、上から順に病室を探すしかない。


 エレベーターに乗り、最上階の九階へ行く事にした。途中、何度かエレベーターは止まり、その都度、患者や看護師が降りたり乗ってきたりした。


 九階に着いた。


 エレベーターの前には廊下を挟み、多目的の休憩室があり、患者と家族が談笑していたり、付き添いの者が昼ご飯を食べていた。



 ――手始めに東の外科病棟から探してみるか。



 ここでも予想外の事があった。



 最近ではプライバシーの関係上、希望があれば病室の前に名前を出さない仕組みになっているらしい。


 そわそわする心を落ち着かせて病棟の廊下を歩き、三田 浩――という名前を探した。


 ――見つからない。


 外科のナースステーションを足早に通り過ぎ、端から端まで名前を探すが、見つからなかった。


 外科病棟と内科病棟を明確に区切る物は無かったが、外科と内科にはそれぞれナースステーションがあり、そこを基準にして別れているようであった。



 引き返し、一度エレベーター乗り場へ戻る。



 次は西側の内科病棟を探す。内科のナースステーションを通り過ぎ、こちらも端から端まで名前を探したが見つからなかった。


 大村は、想像していたよりも、事が進まないことに、不安の色が滲んでくる感触を抑え、八階へと移動することにした。


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