疑心
大村と裕子は、途方に暮れた様に喋ること無く、ジッとソファーに座り込んでいた。
沈黙の隙間を埋めるように、降りしきる雨音が二人の間を通り過ぎてゆく。
――3000万円――
大村は、遠藤の告げた3000万円と言う、我が耳を疑いたくなる様な言葉を聞き、痛みを忘れる程の衝撃を受けていた。
――そんな大金、10日以内に用意できる訳ない!
それに、突然、降って湧いた様な馬鹿げた話を信じるには、時間が短すぎる。
しかし、遠藤と名乗る男は、二人の判が押されている、三田が投げ出した契約書を持っていた。
何処から入手したかは判らないが、遠藤の手の中にソレが有った事は、事実だ。
――何故?どうして?一体、誰が?いつどこで手に入れた?
考えれば考える程、頭が混乱してくる。
だが大村は、心の奥底に黒く渦巻く、一つの疑心の念が溢れて来ていた。
――三田だ!あの男しかいない!三田を訪ねて、問い質さなければ!
疑心の念は次第に怒りと変わり、忘れていた痛みが戻ってきたが、収まらない怒りが、再び痛みを何処かへ消し去っていった。
「ねえ、健ちゃん……。どう言う事なの?3000万円ってそんな大金……」
「大丈夫。裕子は、何も心配、要らないから」
沈黙を破り、裕子が話出した言葉を遮るように、大村は、落ち着いた面持ちで応えた。
「でも……。本当に大丈夫なの?あの遠藤っていう人、普通の人じゃないよ。私……、とても嫌な予感がする」
「大丈夫。少し心当たりがあるんだ。それに、あんなインチキな契約、無効に決まってるよ。だから裕子、心配しなくていいよ」
――裕子にはもう、無様な姿は見せれない。
兎に角、今は、三田に話を聞きだす事だけを考えよう。
「分かった。健ちゃんがそう言うなら、私、これ以上何も言わない。それより、病院にいこ。もしかしたら骨が折れてるかも知れないから、ね?」と、病院に行って治療を受けるように、すすめた。
「ありがとう、裕子。でも、大丈夫だから。それに、ちょっと疲れたから、ここで少し眠りたいんだ。だから、ゴメン。本当は家まで送ってあげたいんだけど……、ごめん。今日はもう帰って欲しい……」
しばしの沈黙が、雨音をより強調させ、再び、二人の間を通り過ぎていく。
「うん、分かった。私は一人でちゃんと帰れるから、心配しないで。それより、何か具合が悪くなったら、直ぐに連絡してね。無理して黙ってるのは駄目だよ」
裕子は、大村に念を押しながら、大村の頬に、軽く口づけをして立ち上がった。
「それじゃ、お休み。明日また連絡するよ」
「お休みなさい、健ちゃん。また明日ね」
裕子は、お休みの挨拶をし、大村の元を離れ、家路についた。
大村は、一人残った応接室に響きわたる雨音を聞きながら、ソファーの上に寝転がり、見えない不安感と対峙した。
眠れず時間だけが過ぎていく。
――明日は臨時休業にしよう。そして三田に会いに行かなければ……。
大村は、東の空が白んで来た頃に、やっと、浅い眠りが訪れ眠りについた。
そして雨は朝焼けと共に止んだ。
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