薄く漂う違和感

 大村は素直に話すと言っているが、まともに聞いても、どうせ、肝心な所をはぐらかされて終わるのが関の山だろう。 



 さて、どこから聞き出せばよいものか?



 どのみち、今日、明日、直ぐに片付く様な楽な仕事ではない事は確かだ。



 ――嫌な仕事だ。



 宮田は取り調べの度に訪れてくる、何とも言えない疲弊感に嫌気がさしていた。



 容疑者が話す、詐欺に窃盗、強盗、暴行に殺人、そして強姦等々の生々しい罪の告白を取り調べの度に聞くと、人間は毎日、飽きもせず、誰かを欺き、傷つけ、人の心を殺すものだと、怒りや悲しみ、更には呆れるのを通り越して関心してしまう程であった。



 刑事になりたくてこの道に入ったのに、いたちごっこの様に繰り返される不毛のやり取りに疲れてしまい、刑事という仕事への情熱は、とうの昔に冷めてしまっていた。


 気の進まない仕事ではあるが、腹を決めて、デスクの上に記録簿を開いた。



「それじゃ~、始めるぞ。まず最初に言っておく。今ここで、お前が話す事は、すべて記録として残す。そして、その記録は供述調書となり、裁判所に証拠として提出する事になる。嘘はつくなよ。嘘の証言は、お前どころか、被害者と被害者遺族の方々にとって不利になる場合があるからな。あとは、とっ、お前には黙秘権がある」


 宮田はそう告げ終えると姿勢を正し、改めて大村の顔を見直した。



 どこにでもいそうな男だな――と、第一印象でそう感じていた。



「さて、先ずはっ、と。名前、年齢、住所、職業を教えてもらおうかな」


 大村は宮田の方に顔を向け質問に応え始めた。


「大村健二。年齢は40歳です。住所は有りません。いや、有ったと言うべきか?今は有りません。職業は金属加工業を営んでましたが、それも今は有りません。無職です」


「住所も無く無職、か。何か色々と訳がありそうだな」


「ええ、まぁ」


「まっ、まだ時間は有るんだ。追々順序立てて聞いていこう」


 宮田はそうは言いつつも、既に一つの違和感を感じ取っていた。


 その違和感とは、住所も無く無職の様な奴が、なぜ、こんなに小綺麗なのか?という事だ。


 何か裏が必ずあるはずだ!



 ――何――が。



 宮田は、今ここで、それに足を取られる訳にいかないので次の質問に移った。


「それなりに時間が経ってるので、忘れてしまったり、記憶違いもあるだろが、しっかり思い出して欲しい。今から約5年前、お前の経営していた工場に遠藤真一と言うヤクザ者が来た事は覚えてるな?」


「はい。あの男の事は、よく覚えてます。あの時、私は遠藤に酷く蹴られて、死ぬ思いでしたからね」


「そうか、それは気の毒だったな。なら、その時、遠藤と何を話したのか聞かせてくれないか?」


「ええ、分かりました。ただ、もう5年も前の話ですから、少しずつ思い出しながらの話になりますよ」


「よし、分かった。急がなくいいから、記憶の糸をたぐり寄せて、詳しく頼む」



 宮田が質問を終えると、大村は目を閉じ、鼻で深呼吸をした後、ゆっくりと吐き出し、当時の様子を語り始めた。


「あれは、夕暮れ時だったと思います。確か日曜じゃなかったかな?得意先からの急な電話があり、週が明けてから納品する品を、前倒しして、大急ぎで届けに行きましたから。納品を終えて工場に戻ってくると、遠藤と名乗る男に話があるからって、話し掛けられました」


 宮田は手帳を取り出し、大村の話す内容を要点よく書き留めながら、大村の話しに質問を挟んだ。


「遠藤は何の用で、お前の所に来のかな?」


「お金の取り立てですよ。私には全く身に覚えが無い話しで、大変驚きましたよ」


「それで、二人で話をしたんだな?その他に誰か来なかったか?」


「う~ん……。どうでしたかね?確か……」


 大村は懸命に思い出そうとしているが、中々思い出せない様子だ。


 宮田は、大村が思い出している間に、捜査資料を読み直しながら、話しの続きを待った。


「あ~!そう、そう!遠藤の従業員って言う、あ~、あの~……、工藤って人が後から来ました」


 大村はやっと思い出し、喉に刺さった物が取れた様に話を続けた。


「その二人だけか?他には誰も来なかったか?」


「その二人だけです」


「いや、それはおかしいな」


 宮田は捜査資料をもう一度読み、「青木裕子さんも後から来たんじゃないのか?」と、質問を投げかけてみた。


「いえ、裕子は来ていません。彼女は全くの無関係ですから、呼ぶ必要も有りませんでした」


 宮田は、先程と違いハッキリと答えた大村の口ぶりに、直ぐ――嘘だ!――と、気付いたが、「そうか、分かった」と応え、それ以上追求する事をやめ、話を続けさせた。



 想像はしていたが、こうも早くから、はぐらかされるとは―― と、思うと同時に、長期戦に向かって進む時間に、ドッと疲弊する思いであった。

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