第8話 喫茶店②

「スマホ。持ってないのは言ったよね。……持ってないのはスマホだけじゃないんだ。ほら、私、猫だったから」


 そういうとホットミルクに口をつけた。


 「おいしい……。あのね、猫じゃなくても、身元不明、記憶喪失だと、戸籍はわかんないよね。住民票も……。知ってる? 日本だけでも、戸籍のない人が沢山いるって。推定でも1万人位の人が戸籍のない状態みたい。生まれてきてね、親が出生届を出さなかった子供達とか……。学校にもいけないの。そんな子供が1万人……。この街に住んてる人の2割の人に戸籍がなかったらどう思う? それくらいの人に戸籍がないの。だから、私みたいな元猫が、一匹位混じっても、おかしいと思われないのよ」


 疲れたのか、もう一度ミルクを飲む彼女。ふーっと息をついて僕を見つめる。


 「だから、私には何もないの。この国で生きていく術が。スマホも買えないの……。捨てられた猫はね、人間になっても捨てられたのよ。今、養父が裁判所に申請してくれているけど……。おかしいよね。記憶が戻ったら、元通りになると皆が思っているんだから。……そんなことないのに」


 僕の目を見つめながら話す彼女。


「だからあなたは、私と付き合わない方がいいの。あなたは、普通のと付き合うべきなの。何の心配もない普通のと……。わかった?」


 僕の想像を超えた話を彼女はした。にわかには理解出来ない。でも、それよりも、僕には気になった事があった。


「ねぇ、ミヤさん」


「なに?」


「どうして僕の名前は呼んでくれないの」


「……そうだっけ」


「名前、忘れた?」


「ううん、知ってるわ」


「じゃあ呼んで」


「……やだ」


「なんで。なんで嫌なの」


「…………ペットショップの動物はね、飼い主が見つかるまで名前を付けないのよ。名前は飼い主のものだから。……それと、店員が売り物に愛着が持つとダメなの。飼い主が見つからないとき…………。名前はね、呼んでしまうと愛着がわくの。だから、お別れする時、 ………あのさ、あなたのお気に入りの猫、今月いっぱいでいなくなるから。それまでに……また会いに来て、……猫に」


 そう言うと、ホットミルクを一気に飲み干した。


 「じゃあね、約束通り今日は奢って貰うわ。ごちそうさまでした。……じゃ、サヨナラ」


 僕を残して彼女は去って行った。

 また独り、席に残される。


 話の重大さが理解出来ない。

 戸籍がない。猫だったら確かに……

 猫だったら? 猫じゃなくても?


 そういえば……なんで最後に猫の話をしたんだろう。


 僕はスマホで『戸籍のない人』と検索した。その後『売れ残った猫』とも検索した。

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