第6話 ペットショップ
「いらっしゃいませ。あぁ、また来たの? どうぞ。ゆっくりしてって」
いつも通り、彼女が言う。忙しそうな彼女を見ながら、お気に入りの猫を見に行く。ゆったりとした時間の流れ。
彼女が、僕に近づいてくる。
「ごめん、貼らせて」
手に持った値引きのPOPを、僕のお気に入りの猫の檻に貼る。
【SALE 4割引 90,000円】
「とうとうここまで育ったか……」
淋しそうにつぶやく彼女。僕の顔を見上げ言う。
「ねぇ、この子お気に入りなんでしょ。買わない?」
僕は何も言わない。何も言えない。
「そう。……あとひと月か……」
なんだろう。僕が彼女を見つめると、哀しそうに微笑んで彼女は告げた。
「猫。今のうちに堪能したらいいわ。仕事があるから。ごめんね」
去ろうとする彼女を呼び止める。
「なに?」
「インスタ教えて。LINEでもいいから。連絡先知りたいな」
「ごめん。持ってないの」
「あ、じゃあ作る? アプリダウンロードすればすぐ……」
「スマホ……持ってないの。必要ないから」
「えっ、今どき! なんで、普通……」
「普通じゃないから、私。猫だったって言ったでしょ。普通がいいなら、普通の
「ごめん」
「……なんで謝るの。ごめん、仕事があるから」
バックヤードに消える彼女。あの日からやけにそっけなくなった。僕は何を間違えたんだろう。
◇
「いらっしゃいませ。あぁ、また来たの? どうぞ。ゆっくりしてって」
いつもと同じ挨拶。いつもと同じ? それでいいのか?
「あの……」
「なに?」
「ごめん」
「……何がごめん?」
「奢るって言ったのに、まだ奢ってなかった」
彼女はクスッと笑った。
「そうね。そうだったね」
「だから、今度こそ、ランチ奢らせて下さい」
「……別にいいのに」
「お願い」
彼女は小さくため息をついた。
「……仕方ないわね。1回だけよ。次の水曜日11時……いい?」
「大丈夫。空いてる」
「そう。じゃ、駅の待合室で」
「あのさ、次はお店僕が決めていいかな」
「……ホットミルクがおいしいお店にして」
「分かった」
「じゃあ、仕事だから……猫あと3週間よ」
彼女バックヤードに消えた。誘うのには成功した。良かった。最近会話になってないから。ちゃんと話そう。僕の心を……ん、猫がどうかした?
僕はお気に入りのロシアンブルーを見て帰った。
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