第6話 ペットショップ

 「いらっしゃいませ。あぁ、また来たの? どうぞ。ゆっくりしてって」


 いつも通り、彼女が言う。忙しそうな彼女を見ながら、お気に入りの猫を見に行く。ゆったりとした時間の流れ。


 彼女が、僕に近づいてくる。


「ごめん、貼らせて」


 手に持った値引きのPOPを、僕のお気に入りの猫の檻に貼る。


 【SALE 4割引 90,000円】


「とうとうここまで育ったか……」


 淋しそうにつぶやく彼女。僕の顔を見上げ言う。


「ねぇ、この子お気に入りなんでしょ。買わない?」


 僕は何も言わない。何も言えない。


「そう。……あとひと月か……」


 なんだろう。僕が彼女を見つめると、哀しそうに微笑んで彼女は告げた。


「猫。今のうちに堪能したらいいわ。仕事があるから。ごめんね」


去ろうとする彼女を呼び止める。


「なに?」


「インスタ教えて。LINEでもいいから。連絡先知りたいな」


「ごめん。持ってないの」


「あ、じゃあ作る? アプリダウンロードすればすぐ……」


「スマホ……持ってないの。必要ないから」


「えっ、今どき! なんで、普通……」


「普通じゃないから、私。猫だったって言ったでしょ。普通がいいなら、普通の見つけなさいよ」


「ごめん」


「……なんで謝るの。ごめん、仕事があるから」


 バックヤードに消える彼女。あの日からやけにそっけなくなった。僕は何を間違えたんだろう。



「いらっしゃいませ。あぁ、また来たの? どうぞ。ゆっくりしてって」


 いつもと同じ挨拶。いつもと同じ? それでいいのか?


「あの……」


「なに?」


「ごめん」


「……何がごめん?」


「奢るって言ったのに、まだ奢ってなかった」


 彼女はクスッと笑った。


「そうね。そうだったね」


「だから、今度こそ、ランチ奢らせて下さい」


「……別にいいのに」


「お願い」


 彼女は小さくため息をついた。


「……仕方ないわね。1回だけよ。次の水曜日11時……いい?」


「大丈夫。空いてる」


「そう。じゃ、駅の待合室で」


「あのさ、次はお店僕が決めていいかな」


「……ホットミルクがおいしいお店にして」


「分かった」


「じゃあ、仕事だから……猫あと3週間よ」


 彼女バックヤードに消えた。誘うのには成功した。良かった。最近会話になってないから。ちゃんと話そう。僕の心を……ん、猫がどうかした?


 僕はお気に入りのロシアンブルーを見て帰った。

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