第5話 独りの部屋/回想

 彼女の話……どう思うのが正解なんだろう。


 デートだったのかな? 今日のランチは……。

 ファミレスから戻った僕は、彼女が話をしていた時の顔を思い浮かべながら、彼女の言う、猫だった時の話を考えていた。


 なんであんな話を僕にしたんだろう。


 とても本当の話だとは思えない、でも……嘘をついてるとは思えない。彼女の泣き顔。彼女の涙。彼女の…………


 彼女の声が、耳の奥でささやく。僕をからかう声。照れてごまかす声。捨てられて泣いてる声…………


 彼女の顔が、声が、姿が……僕に入り込む。彼女の事しか考えられない。


 彼女は、本当に猫だったの?


 そんなはずない、と思いながらも、そう思ってしまう自分がいる。


 彼女が猫か猫でないのか……。


 そうか。僕にとってはどっちでもいいことなんだ。今の君が気になってしょうがないんだから。大切なのは過去じゃない。今、ここにいる君。これから先の未来。


 僕は、僕の気持ちを整理しようと頑張った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 なんで私、あんな話しちゃったんだろう。


 ペットショップに通ってくるお客様。それだけの人だったのに。


 次第に言葉を交わして、常連さんとして馴染んでいただけなのにね。


 どうせ買う気もないのに、猫見に来るだけのどうでもいいお客様。お店にとっては、いてもいなくてもどうでもいいお客様。せいぜい、初めてのお客様が入りやすく、店員に声をかけやすくするための。それだけのお客様だったはずなのに……。


 ランチに誘われて、何この人って思った……でも、奢ってくれるって。いつも仕事邪魔して迷惑かけられてるからね。そのくらいしてもらってもいいよね。……友達いないからじゃないよ……


 私が猫だったって言ったら引かれた。……そうよね。引くよね。……嘘、言ってないんだけどな…………。


 ……やっぱりあなたも普通のがいいよね…………。


 聞いてくれるの!本当に?……でも今はダメ。嬉しくて、何言うか分かんない。……こんな気持ち、気付かれる前に帰らなきゃ。


 …………あ、奢ってもらうつもりだったのに、私会計してる……



 お店にあの人が来た。


 なにか話した方がいいのかな?

 普通のって、こんな時どうするんだろう。…………やってみたけど私には無理だ。……普通って難しいね。


 売れ残ってるあの。彼、気に入ってるみたい。安くしたら買ってくれないかな? そろそろ値下げしてもいいよね。売れ残ったら…………。そうよね。無理か……。



 私がペットショップで働いているのは、人間になった私への罰なのかもしれないね……。このもやがて……



 えっ! 話を聞いてくれるの! なんで? いいの! 無理。嬉しすぎて今は無理。……そう、ランチに誘って! この間みたいに。


「ちなみに、休みは水曜日……」


 黙っちゃった。……嫌われた!


「……嫌ならいいんだ。……ごめんね」


 忘れよう。彼の気の迷いだったのよ。……期待した私って……


 ランチ誘ってくれたけど、イヤイヤなんだろうな……からかったお詫びかな……。



 水曜日。


 これはデートじゃない。

 これはデートじゃない。


 からかったお詫びのランチ。

 この間、奢ってくれなかったお詫びのランチ。


 私の話なんて、本当は聞きたくないんだろうな……。悪いことしちゃった。


 でも、ドキドキしてる。何かを期待してる。ちょっとだけ楽しんでもいいよね。勝手に楽しむだけだから。期待しちゃダメ。デートじゃないの。……でも、私は楽しむ。いいよね、それくらい。


 精一杯のオシャレ。ドキドキが止まらない。……いい天気。駅の待合室だから、早く行って待っててもいいよね。遅れたら失礼だし……


 待ち合わせって初めて。誰かを待つって、こんなに楽しいものなの? ドキドキが止まらないよ。


 30分も早く来てくれた! なんで謝ってるの? 遅刻してないよ。


 浮かれるな、私。これはデートじゃないのよ。ただのランチ。気を使わせちゃダメ。私の話をするだけの、そんなランチなのだから。

……ほら、気を使ってデートとか言い出すし。誘われるとき、あれだけ黙らせたの覚えてる? 無理して付き合ってもらってるんだからね。


 それでも、向かいあっての食事は嬉しいね。ピザ、おいしそうに食べてる。こういう時、普通のだったらどうするんだろうな。難しいね。話を合わせるので精一杯。


「ピザ、一切れ貰っていい? サンドイッチあげるから」


 何言ってるの、私。いくら会話に詰まったからって……


「いいよ。どうぞ」


 ほら、困惑してる。優しいからいいよって言ってくれたけど……何か言わなきゃ。


「ありがとう。じゃあこれ、どうぞ。……なんだか彼氏彼女みたいだね。デートしてるみたい」


 何言ってるの、私!!! 黙ろう。これ以上会話出来ない。黙っで食べよう。うわ〜、イヤだ、顔見れないよ〜。



 猫だった時の話をした。ちゃんと聞いてくれるのね。でも、信じられないよね。当たり前よ。私だって誰かに聞いたら信じないもん。…………そうよ。頭のおかしい子。……それが私。……そう思ってくれればいいわ。


 ありがとう、最後まで聞いてくれて。やさしいあなた。


 …………サヨナラ





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る