第4話 ファミレス②
「それじゃあ、話そっか」
お皿も下げられ、向かい合う僕と彼女。氷も入っていないのに、ストローでオレンジジュースをクルクルと混ぜながら、彼女は話を始めた。
「私が猫だった時のおはなし。聞く?」
「うん。聞かせて」
「そう。……昔むかし、そんな遠くない近い昔。一匹のかわいい子猫が捨てられていました」
「自分のこと、かわいいって言うの?」
「うっ! 大丈夫よ。猫は大体かわいいものよ」
「そうだね」
「うん。猫はかわいい。……捨てられた子猫はね……大体死ぬわ。保健所に囚われたり、衰弱してカラスなんかに襲われてね。親のいない子猫なんか、すぐにダメになるの。でも、私は拾われた。まーくんと言う小学生に」
「そうなんだ」
「そう。まーくんはね、優しい男の子だったの。優しすぎていろいろあったみたい。私を拾ったとき学校で虐められていてね、不登校になっていたの。それでも、私を飼うために『学校に行くから飼わせて』って……転校して学校に行けるようになったの」
「いい子だね。まーくんって子」
「うん。とても優しいいい子だったの。学校が変わってからは、明るく優しい生活だったわ。まーくんはね、お母さんと二人暮らしだったの。だから私は、まーくんの側でまーくんが淋しくないように纏わりついていたわ。幸せな時間を過ごしていたの」
「幸せだったんだ。いい人に拾われて良かったね」
「うん……でもね、幸せだったのはそこまで」
彼女はストローに口をつけて、オレンジジュースを飲んだ。長い長い沈黙。温くなったコーヒーを飲み干して、僕は言った。
「おかわりいる? 持って来ようか」
彼女は首を横に振る。
「いい。……話すね」
俯いていた顔を上げ、僕を見つめた。泣きそうな瞳が、キラキラと光を乱反射させる。
「中学生になったまーくんは、虐められていた女の子を助けたの。まーくん本当に優しいから……。そうしたら、いじめていた女の子のグループに目を付けられて……今考えると、心を壊してしまったのね。まーくんは、学校に行けなくなり、家に引きこもるようになってしまった」
「…………」
「私はいつも側にいたわ。近づいたり、距離を取ったり……。まーくんの邪魔にならないように。まーくんをなぐさめられるように……。私はやがて、まーくんを好きになったの。まーくんと話したい。まーくんと心を通わせたい。そんな時、魔法使いの猫にあったの」
「魔法使い? いきなりメルヘンチックだね」
「信じなくていいわ。信じられないでしょうから……。でも、聞くだけ聞いて。最後まで」
「うん……」
魔法使い。さすがに、そこまでいくと本当とは思えないよ。でも……。彼女の真剣な眼差しは、嘘をついているようには見えない。これが宗教の勧誘だったらまずいけど……。彼女の態度、彼女の言葉には、嘘の欠片も感じられなかった。
「先入観なしで、最後まで聞くよ。それから考えればいいしね」
「ありがとう」
少しだけ微笑んで、彼女は僕の目を見つめた。少し薄い茶色の瞳に、僕の目は吸い付けられる。
「魔法使い。違う、陰陽師って言うの? その猫に私はお願いしたの。『人間になりたい』って。彼女はやめとけって言ったわ。一度人間になったらもう戻ることは出来ないって。その時の私は、まーくんしかなかった。まーくんと話せるなら、まーくんと一緒になれるなら、それだけで良かった。だから、無理を言って人間にしてもらったの。……でも、まーくんに嫌われた。……僕が好きなのは猫の君だって。猫のままなら一緒にいれたのにって。人間の女の子は嫌いって。人間の女の子は嫌いって……。なんで人間なんかになったんだよって。サヨナラ、ネコノノゾミ。ダイスキダッタヨ、ボクノノゾミって……」
ポロポロと涙を零しながら、彼女はつぶやき続けた。ダイスキダッタヨって ダイスキダッタヨって ダイスキダッタヨって…………
僕には掛ける言葉が見つからない。時間だけが刻々と過ぎていく。……やがて彼女が言葉を発した。
「私はまた捨てられたの……。ボロボロに泣いてた私は、警察に保護されたの。身元不明、記憶喪失。いろいろな事を調べられたけど、元々猫だもん。何も分かりはしないわ。施設に預けられ、最低限の勉強をしていた時に、今の養父母に預けられたの。ペットショップは、養父母の親戚がやっているお店なの。だから………これで私の話はおしまい。ありがとう……聞いてくれて」
僕は黙ったまま頷いた。彼女は立ち上がり、「今日はありがとう。お礼に払っておくね」と伝票を持って去って行った。僕は一人取り残されたまま、ガラスの向こうの夕焼けを眺めていた。
………………後書き………………
この回は、元になるお話があります
童話 仔猫の想い
https://kakuyomu.jp/works/16817139556084492548
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