第2話 ペットショップ

「いらっしゃいませ。……ああ。また来たの。どうぞ。ゆっくりしてって」


 彼女の勤めているペットショップにまた来てしまった。最近、暇があるとついつい足が向いてしまう。


 「猫見に来たの? 猫好きよね。でも買う気ないんでしょ。猫カフェにでも行ったほうがいいよ。それとも……私を見に来たのかな〜」


 何、最後の一言。絶対そんなこと言わないよね。何、この小悪魔な感じ。ツンデレってこれ? 一回デートしただけでこんなに親密になれるものなの? ドキドキが止まらない。顔が火照ってきた。うわっ、なにこれ。ヤバイよ。


「普通のは、こんな感じで言うんだろうね。やってみたけど、私には無理ね」


 いつもの彼女に戻った。でも、僕のドキドキは止まらない。


「まぁ、ゆっくりしていってよ。誰もいないとお客さん入りにくいみたいだから。サクラね、あなたの価値は」


 ツンとした言葉をかける彼女。でも嬉しい。身内扱いされているんだ。

 僕は最近お気に入りの、ロシアンブルーを見に行った。細身でツンとした感じが彼女にそっくり。


「その、今日から3割引よ。買ってくれない?」


 新しい値札を付けに、僕の隣に近づいてきた。ふわりと香るシャンプーの匂いが僕の鼻をくすぐる。ドキドキしながら場所を譲ると、彼女は値札を取り付けた後、しゃがんだまま僕の顔を見上げて言った。


「ねぇ、この買わないかな? 犬も猫も大きくなると買い手がつかなくて。お気に入りなんでしょ。どお?」


 そんな顔で見上げられるなんて無理。可愛すぎるよ。出来るならお願い聞いてあげたいけど……ドキドキが止まらないまま、値札に目をやる。


 【SALE 3割引 105,000円】


 つい苦笑いを浮かべた。彼女は残念そうな顔でため息をついた。


「そうよね。無理か」


 そう呟くと、子犬を取り出し店の奥まで移動して、毛並みの手入れを始めた。


「猫だったのに、犬、大丈夫なの?」


 彼女は一瞬手を止めたが、またブラッシングを続けた。


「あら、猫だって信じてくれるの? そうね、猫だった時は大嫌いだったわ。いつ殺されるか分からなかったからね。でも今は平気。私の方が強者だから」


「そうなの?」


「そんなものよ。弱者は強者に逆らえないの。残念だけどね」


 淋しそうな顔で毛づくろいは続く。気持ちよさそうな犬とは正反対。やがて犬は、檻の中に戻された。


「あなたも、早く売れるといいわね」


淋しさが辺りを支配する。なんでだろう。彼女はなんで寂しそうなの?儚く消えそうに感じる。


「あのね、ミヤさん」


「なに?」


「猫だった時の事、教えて」


「…………何で、……信じてないんでしょ」


「聞いてみたいんだ。君のこと。信じるも信じないも、聞いて見ないと分からない……じゃない……」


 彼女の目が見開く。少しだけ赤みがさした頬。僕を見つめる瞳。儚げなまま、彼女は答えた。


「じゃあ、またランチ誘って。そこで話そ」


 なにそれ可愛い。ツンとした猫が懐いたみたい。もう、本当にこのは……


「ちなみに、休みは水曜日……」


 だめだ! デレてるの、これ? こっちの方が恥ずかしくなるよ。可愛すぎて何も言えない。


「……嫌ならいいんだ。……ごめんね」


 真っ赤になりながら顔を背けた。僕は慌てて黙っていた事を謝って、来週の水曜日のデートに誘った。

 

 彼女は、「分かった。……ごめん、今日は帰って」とバックヤードに引っ込んだ。照れてたみたいなので、僕はそのまま店を後にした。

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