ペットショップの彼女は

みちのあかり

第1話 カフェ

「私、猫だったんだよ」


 ペットショップでバイトしている彼女はそういうと、目の前のパンケーキを少し食べた。


「ふぅん。前世ネコだったんだ」


 僕がそういうと、彼女は「違うよ」と小さく首を振った。


「前世じゃないよ。つい最近まで猫だったんだ。本当だよ」


「そうなんだ。ネコねぇ」


「嘘だと思ってるでしょ」


 彼女はふぅとため息を付くと、黙々とパンケーキを食べ続けた。


 彼女は、僕が最近通っている、ペットショップの店員さん。猫が好きな僕は、買う気もないのに、休日になるとペットショップを巡っている。彼女は愛想があまりない。が、たまに見せる猫たちへの笑顔を見たとき、なにか気になってしまったんだ。

 何度か話して、ようやく一緒にランチを誘えるようになったんだけど……。前世が猫なら分かるけど、この間まで猫? 君そういう人なの?


「おかしな人だと思ってるんでしょ。……いいわ。みんなそうだし。ごちそうさまでした。じゃあね、裕福な大学生さん」


 彼女が席を立とうとする。僕は慌てて、


「驚いただけだよ。気分悪くした? ごめん。あまりにも唐突な話だったから」


 なんとか彼女を椅子に座らせた。僕は言葉を選びながら、どうすれば彼女と話ができるか探っていた。


「ほら、サイトウさん。まだお互いの名前も知らないのに、いきなり猫だとカミングアウトされたら、誰だって戸惑うのは当たり前だと思わない? まず、自己紹介から始めませんか?」


「なんでサイトウさんって……教えたっけ」


「ネームプレート。ペットショップでしているよね」


「ああ、そうね」


 タイミング悪く、食後のコーヒーが運ばれて来た。彼女はセットのドリンクではなく、単品でホットミルクを頼んでいた。

 ウエイトレスさんが去るまで会話が途切れてしまった。今から名乗るのって、お見合いみたい。変に意識してしまい、何かをごまかすためにコーヒーを啜った。彼女はホットミルクをフーフーと冷まし始めた。


「飲まないの?」


「猫舌だから」


 恥ずかしそうに、両手でマグカップを持ちながら、上目遣いでにらみつける彼女はなんだか可愛い。


「普通にミルクにしたらよかったのに」


「違うの。冷ましたミルクが好きなの。ぬるい感じが好きなの。冷たいミルクじゃないのよ」


「そうなの?」


「そうなの! どうして私の好きが否定されなきゃいけないの?」


 彼女は、僕を睨みながら、またフーフーとミルクに息を吹きかける。


「ごめん。何か、普通じゃないからさ」


 彼女は目を見開いて、じっと僕の目を見ながら言った。


「普通? 普通って何? 普通がいいなら、私なんか誘わなければいいわ。言ったでしょ、私は猫だったんだから。猫に普通を求められても困るわ」


 目を落とすと、熱さを気にしながら、ゆっくりとマグカップに口を付ける彼女。幸せそうな顔でミルクをちびちびと飲んでいる。可愛い。無意識にじっと見つめていたら、


「何よ。そんなに変な顔してる?」


と、睨まれた。睨み方が、本当に猫みたいだな。嫌と言うより可愛い。慌てて僕もコーヒーに口をつけた。


「それで」


「何?」


「名前よ、名前。人に名前を聞きたいなら、まず自分から名乗りなさいよ」


 そうだった。何をしてるんだ僕は。


 「僕は、藤原充十ふじわらじゅうと。東南大学2年生。趣味は読書かな」


 「ふーん。フジワラジュウトくんね」


 特に興味もなさそうに、彼女は僕の名前を復唱した。


「サイトウさんは? 名前。教えてよ」


「……ミヤ。猫の鳴き声みたいでしょ」


そう言うと、少しだけ微笑んだ。可愛い。


「じゃあ、名前も教えたし、ご飯も食べたし、これで終了でいい? ごちそうさまでした」


えっ? これから話を……


「これ以上お店にいたら、お店の人に迷惑よ。席は開けないとね」


「でも、君の話が聞きたいんだ」


「普通が好きなんでしょ。普通の誘ったら」


怒らせた。でも、これで彼女との縁が切れるのは何か嫌だ。


「君の猫だった時の話、聞かせて」


僕がそう言うと、彼女の目が大きく開いた。うん、本当に前世猫だったのかもしれないね。


「駄目よ。今日は帰らないと……。聞きたかったらまたランチ誘って。じゃあね」


 彼女は先に一人分の会計を済ませ、店の外に出ていった。ぬるくなったコーヒーを飲みながら、僕は次があるという期待に心を踊らせていた。

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