1-001 新たな日常(起床~朝食)

 あれから数年、私達は小さな田舎町を平和的に占領し、そこを拠点として生活している。

 もちろん、彼の安全や能力チートの隠蔽の為にいくつかの地域に家を購入し、いざとなればすぐに引越せるように準備もしてある。それでも、今後人員を増やすのであれば、それが不自然にならないように細工をする必要が出てくる。何より、『映画上映中にスマホを点けたら死罪となる法案を可決させる』という目的を果たすということは、規模は小さくとも『国に革命を起こす』ことと大差がない。

 だからこそ、彼の能力チートを使って味方を増やすのであれば、人目を避ける必要がある。特に人数が必要であるのなら、いっそのこと人気のない町を乗っ取って、全員味方にした方が早い。

 幸いなことに、資金力だけで合法的に占領できる町が首都のギリギリ郊外にあったので、そこを主な拠点とすることに成功した。

 後は家を建て、必要な施設を増やし、観光等の人を呼び寄せる以外の資金源も用意してある。但し、これらは全て偽装ダミーだ。きちんと利益も出すけれど、本来の目的は彼の能力チートである経済力を誤魔化す為にある。

 おまけにこの町の管轄に当たる公共機関にも、時間を掛けて味方の人員を紛れ込ませてある。人口の少ない田舎町にありがちな駐在所の警察官や、派遣されてくる公務員も、目立った問題さえ起こさなければ外面だけで誤魔化すことができる。最後にはその人員すら入れ替えてしまえば、この町で何が起きようとも、誰にも気付かれることはない。

 後は町の外から来る人間を見張れば、立派な陸の孤島の完成だ。

 この中で何が起きようとも、誰にも知られることはなくなる。




 上手くいけば、あの『声』にも気付かれないかもしれない。




「まあ、こればかりは……そう簡単に上手くいくとは、思えないけどね」

 そう呟きながら自室に立てた姿見の前で、私は身に纏った燕尾服の具合をたしかめていた。

「よし……」

 今の私は、私を呼び出した彼――今は皆、若様やご主人様という具合に呼んでいる――の執事を務めている。

 しかし執事と言っても、ただの繋ぎ役でしかない。若様のお世話をする業務の大半は他の人に任せて、私は目的達成の為の管理役に徹していた。

 それでも、執事役である私の一日は、若様を起こすことから始まる。

 自室を出た私は厨房へと向かい、準備されている朝食類の載ったカートと共に、若様の部屋へと向かった。

 最初の内こそ仕事だけでなく、表向きの役割や人間関係のせいで上手く噛み合わず、おまけに若様が童貞まで卒業しちゃったものだから……物事のあれこれを管理するのは、本当に疲れた。

「……ま、ぼやいていても仕方ないわね」

 最初に購入した豪邸に近い間取りで、さらに広い屋敷を建築した。

 人が増える度に増築を繰り返し、それでも足りなければ施設の追加と共に、近所に家を建てている。資金源が豊富なので、給金や福利厚生なんてほぼ好き放題できると言っても過言ではない。おまけに彼の能力チートで呼び出したNPC人物は、その大半が好感度を高められた状態だった。攻略対象ではない男性等の数少ない例外も、傾向を把握しておけば呼び出す対象から外すなり、敵になる前に袂を分かつなりして対処できる。

 今のところは……色々な意味で人を殺さずに済んでいるのは、状況的にとても大きい。気持ちの重くなる要素は、少ないに越したことはないから。

「さて、と……」

 何だかんだと考えている内に、この屋敷の主寝室……つまり若様の部屋に着いた。

 ――コン、コン……

「失礼します」

 朝だけはノックのみで、若様からの返事を待つ必要はない。

 童貞を捨ててからこっち、創作活動こそ続けているものの、それ以外はほぼ性交セックス漬けと言っても差し支えなかった。そして昨夜もまた、自室に女性を連れ込んでいる。

 最初の時に呼んだ私の後輩――今はメイドをしている――と若様は内緒の恋人関係……という(本人が気付いているかは構わず)、公然の秘密を楽しんでいるところだった。

 元々一番のお気に入りと言うこともあってか、若様は完全に彼女を贔屓にしている。

 それでも上手くいっているのは、彼女が比較的大人しい性格であることと、若様の贔屓度合いが人間的な好意のみだから。変な嫉妬や差別等、いじめのような行いをしていない限りは平和なものなので、こればかりは全員放置している。

 というより……下手に若様の機嫌を損ねないように、余程のことがない限りは口を挟まないようにしている、と言った方が正しいのかもしれない。

 そして部屋に入る前にすでに起きていたのか、若様はベッドの上で上半身を起こしていた。

「……あ、おはようございます」

「おはようございます、若様……今日も朝からお楽しみだったみたいね?」

「あ、はは……」

 最初に呼ばれたということもあり、人目のない場所では主従関係抜きで付き合っている。他にも何人かは気安い関係を取っているみたいだけど……公の場ではやらないように伝えてあった。

 実質的な管理はともかく、表向きの代表はこの若様なのだ。多少なりとも忠誠心に影響しないよう、相応の態度を取ることもまた必要になってくる。

「とりあえず朝食にしましょう……その子は?」

「また……寝ちゃったみたいですね」

 この若様の日常生活ルーティンにはモーニングセックスも含まれている。健康的にはいいらしいけれど、体力的にはきついだろうから、もう少し寝かせてあげた方がいいかもしれない。

「じゃあそのまま、寝かせてあげましょう。それより……」

 とりあえず……そろそろ寝ているメイドさんの胸(Cカップ)を揉みしだくのは、いいかげん止めて欲しいわね。




 若様の食事は、本人の希望や会談等の予定がない限りは自室で摂らせるようにしている。

 家には食堂もあるし、集団での食事は連帯感を生み出すので、仲間内での食事会は定期的に開いていた。しかも立場的理由から偶にではあるが、若様には外部のパーティー等にも参加して貰っている。

 だからこそ普段は、警護や人間関係による余計なストレスを回避する等の理由で、自室で食事を摂って貰っている。周囲の目を避けて食事をするというのもまた、気持ちを楽にする上では割と重要な要素だ。おまけにこちらで用意すれば、毒を盛られる危険性も減る。

 ついでに言うと……若様が余計な物を口に入れる機会も減ることになるので、食事の管理には余念がない。

「今日の朝食はご希望通りの和食よ。メニューは季節の炊き込みご飯にお味噌汁、卵焼きと焼き鮭の切り身ね」

 部屋の中にある食卓に並べた食器を見て、席に着いていた若様は静かに手を合わせた。

「いただきます……」

「はい召し上がれ」

 若様が食事をしている間は、傍に控えて給仕を続ける。

「……ご馳走様でした」

 そして食事を終えた彼に対して手帳を広げ、今日の予定を告げた。

「本日の予定はいつもの体力トレーニングと発売された週刊誌の閲覧を午前中に行い、昼食後は工房での創作作業があります。また、夕食前までに定期報告が届きますので長くても一時間程、お時間頂戴願えませんでしょうか?」

「分かりました。大丈夫です」

 あの『声』から課された目的に関しての活動報告も、欠かさず行っている。ただし彼に伝えるべき情報のみ、だ。

 先生――今は政治家をしている――が中心となって、今は政財界に強力な地盤を築いている。他にも何かに利用できないかと、その手は別業種にまで伸びていた。私の仕事にはその報告を纏めつつ精査し、必要な情報を簡潔に伝える役割もある。

 若様もまた進捗が気になっている上に、こちらとしても必要に応じて能力チートを活用する相談をしやすくなるので、私達は定期的に報連相を行うことにしていた。

「とまあ、今日の予定はこれ位だけど……他に何か希望はある?」

 そして若様に予定を伝えた後は、その本人が望んでいることを確認する。それに応じて準備するのもまた、私の仕事だった。

「今のところは……あ、お昼はハンバーガーとかがいいです」

 ちなみに今のように食事の希望を聞くこともある。

「分かったわ。厨房に伝えておくわね」

 しかしこの若様……未だに食事の趣味が若いわね。

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